魔女見習いと影の獣
「よし、取り敢えず精霊のお守りでも作ってみようかな。少しは効果があると良いんだけど」
「それはどういう──……!? リア!?」
リアが懐から小さなナイフを引き抜き、何の躊躇もなく三つ編みの先端を切ろうとすると、エドウィンが咄嗟にそれを止めさせた。
お互いに目を丸くして固まること数秒。ようやくリアは、彼が慌てた理由に思い当たる。
「……あっ、違う違う、いきなり自害とかしないから安心して」
「違います、何故いきなり髪を切ろうとしたのですか」
「あ、そうよね、そっちよね」
些か発想が過激だったことを反省しつつ、リアは太い三つ編みをよっこらせと両手で持ち上げた。
「精霊を行使するには髪を供物にするのよ。本来は血の方が良いんだけど、そんなこと毎回してたら身が持たないからさ」
「え……」
「だからエルヴァスティの精霊術師はみーんな髪を伸ばすの。男の人もね」
そういえばクルサード帝国やメイスフィールド大公国において、男女問わず人前で髪を切る行為は良い印象を与えないのだったか。何でも、そんなことをするのは罪人が刑を受けるときぐらいだそうで。
勿論エルヴァスティでも同様の手順が踏まれるが──精霊術師の存在が広く認知されているゆえに、それほど過敏になることでもない。
しかしそういった面が、エルヴァスティがイーリル教会から「魔女の巣窟」と呼ばれてしまう所以でもあるのだけれど。
「髪は女と精霊術師の命、ってね。扱いは全然違うけど。というわけで──」
さく、と三つ編みの先端を少しだけ切ったリアは、ウエストポーチに手を突っ込んだ。そこに入れてある大量の石ころ、否、ジェムストーンと呼ばれるものを一つ見繕う。
彼女は微かに煌めく青色を確認すると、髪の毛と一緒に手のひらへと乗せた。
「遍く命に巡る癒しの清流よ、安らぎの祈りを与えたまえ」
リアの静かな言葉が終わると同時に、書斎の空気が急激に冷え込む。
確かな変化を肌で感じ取ったであろうエドウィンが、戸惑いを露わにして視線を周囲に巡らせていた。
彼の姿を視界の端に留めたまま、リアはじっと手のひらを見詰める。
やがて、どこからともなく光の胞子が彼女を囲い、ふわふわとジェムストーンを観察するように漂う。
「気に入った?」
リアが問いかけるや否や、淡い光が黒い髪の毛をぱくりと飲み込んだ。そのまま一本も残さず綺麗に食べてしまうと、光の粒子が螺旋を描きながらジェムストーンへ吸収される。
刹那、石クズに等しかったそれは、透き通った青色の宝石へと生まれ変わったのだった。
「ふう、綺麗に出来た!」
「リア、今のは……」
「水の精霊よ。治癒の御祈りによく呼ばせてもらうの」
書斎の温度が元に戻っていくのを感じながら、リアはまた別のポーチから小さなロケットを引っ張り出す。
蔦の柄を透かし彫りにした容器に、先程の青い宝石を入れてしっかりと閉じれば、精霊術師お手製アミュレットの完成だ。
容器を振ってからころと石を転がすと、淡い光が模様の隙間からちらりと覗いた。
「はい、エドウィン。これあげるね」
細長い紐をロケットに通して差し出せば、エドウィンが動揺を引き摺ったまま恐る恐る受け取る。
「……ありがとうございます。これは……持っていれば良いのですか?」
「うん、出来ればずっと首に掛けておいて欲しいの。そのお守りは頭痛とか倦怠感とか、怪我の痛みとかも軽くしてくれるんだけど……もしかしたら呪いも軽減できるかもしれないから」
呪いの正体が分からない以上、それを完全に祓う方法は今のところ無い。
しかし。もしもこのアミュレットで、呪いがもたらす眩暈や意識混濁が和らいだとすれば、この呪いは精霊の力で対抗し得る代物というわけだ。
逆に全く歯が立たなければ、精霊とは別の未知なる存在が関わっていることになってしまうため、残念ながら精霊術師見習いのリアには手の付けようがなくなる。その場合に備えて、今のうちに師匠へ助けを求めておくべきかもしれない。
──厄介事に首を突っ込むな! って叱られそうだけど。
早くもげんこつを食らう未来が見えてきたが、エドウィンの命に関わることだ。致し方あるまい。
薬師兼、精霊術師としての経験を積むべく、各国を転々と旅して約二年。近況の報告という意味でも、ちょうど良い機会だろう。
「それはどういう──……!? リア!?」
リアが懐から小さなナイフを引き抜き、何の躊躇もなく三つ編みの先端を切ろうとすると、エドウィンが咄嗟にそれを止めさせた。
お互いに目を丸くして固まること数秒。ようやくリアは、彼が慌てた理由に思い当たる。
「……あっ、違う違う、いきなり自害とかしないから安心して」
「違います、何故いきなり髪を切ろうとしたのですか」
「あ、そうよね、そっちよね」
些か発想が過激だったことを反省しつつ、リアは太い三つ編みをよっこらせと両手で持ち上げた。
「精霊を行使するには髪を供物にするのよ。本来は血の方が良いんだけど、そんなこと毎回してたら身が持たないからさ」
「え……」
「だからエルヴァスティの精霊術師はみーんな髪を伸ばすの。男の人もね」
そういえばクルサード帝国やメイスフィールド大公国において、男女問わず人前で髪を切る行為は良い印象を与えないのだったか。何でも、そんなことをするのは罪人が刑を受けるときぐらいだそうで。
勿論エルヴァスティでも同様の手順が踏まれるが──精霊術師の存在が広く認知されているゆえに、それほど過敏になることでもない。
しかしそういった面が、エルヴァスティがイーリル教会から「魔女の巣窟」と呼ばれてしまう所以でもあるのだけれど。
「髪は女と精霊術師の命、ってね。扱いは全然違うけど。というわけで──」
さく、と三つ編みの先端を少しだけ切ったリアは、ウエストポーチに手を突っ込んだ。そこに入れてある大量の石ころ、否、ジェムストーンと呼ばれるものを一つ見繕う。
彼女は微かに煌めく青色を確認すると、髪の毛と一緒に手のひらへと乗せた。
「遍く命に巡る癒しの清流よ、安らぎの祈りを与えたまえ」
リアの静かな言葉が終わると同時に、書斎の空気が急激に冷え込む。
確かな変化を肌で感じ取ったであろうエドウィンが、戸惑いを露わにして視線を周囲に巡らせていた。
彼の姿を視界の端に留めたまま、リアはじっと手のひらを見詰める。
やがて、どこからともなく光の胞子が彼女を囲い、ふわふわとジェムストーンを観察するように漂う。
「気に入った?」
リアが問いかけるや否や、淡い光が黒い髪の毛をぱくりと飲み込んだ。そのまま一本も残さず綺麗に食べてしまうと、光の粒子が螺旋を描きながらジェムストーンへ吸収される。
刹那、石クズに等しかったそれは、透き通った青色の宝石へと生まれ変わったのだった。
「ふう、綺麗に出来た!」
「リア、今のは……」
「水の精霊よ。治癒の御祈りによく呼ばせてもらうの」
書斎の温度が元に戻っていくのを感じながら、リアはまた別のポーチから小さなロケットを引っ張り出す。
蔦の柄を透かし彫りにした容器に、先程の青い宝石を入れてしっかりと閉じれば、精霊術師お手製アミュレットの完成だ。
容器を振ってからころと石を転がすと、淡い光が模様の隙間からちらりと覗いた。
「はい、エドウィン。これあげるね」
細長い紐をロケットに通して差し出せば、エドウィンが動揺を引き摺ったまま恐る恐る受け取る。
「……ありがとうございます。これは……持っていれば良いのですか?」
「うん、出来ればずっと首に掛けておいて欲しいの。そのお守りは頭痛とか倦怠感とか、怪我の痛みとかも軽くしてくれるんだけど……もしかしたら呪いも軽減できるかもしれないから」
呪いの正体が分からない以上、それを完全に祓う方法は今のところ無い。
しかし。もしもこのアミュレットで、呪いがもたらす眩暈や意識混濁が和らいだとすれば、この呪いは精霊の力で対抗し得る代物というわけだ。
逆に全く歯が立たなければ、精霊とは別の未知なる存在が関わっていることになってしまうため、残念ながら精霊術師見習いのリアには手の付けようがなくなる。その場合に備えて、今のうちに師匠へ助けを求めておくべきかもしれない。
──厄介事に首を突っ込むな! って叱られそうだけど。
早くもげんこつを食らう未来が見えてきたが、エドウィンの命に関わることだ。致し方あるまい。
薬師兼、精霊術師としての経験を積むべく、各国を転々と旅して約二年。近況の報告という意味でも、ちょうど良い機会だろう。