魔女見習いと影の獣
「──だぁかぁらぁ! 何で私の伯父って言ってくれなかったの!? 別に隠さなくても良くない!?」
「はーうるさいうるさい、怪我人に怒鳴るな馬鹿弟子、ただでさえ繊細な俺の傷に響くだろうが黙って出て行け」
皇宮の一室で騒々しく言い争うのは、今朝になってようやく目を覚ましたヨアキムと、彼の回復を聞いて飛んで来たリアだった。
リアが駄々をこねているのは言わずもがな、ただの同居人と思い込んでいた師匠が伯父、つまりは母の兄だったという事実についてだ。
数日前の夜、エドウィンと共に皇都へと向かう帰路で、度重なる疲労ゆえに彼が穏やかな口調でそんなことをボロッとこぼしてしまったのが運の尽き。詳しく教えて欲しいと怒涛の勢いで問い詰めれば、知らない話が出るわ出るわ──話しづらそうにしていたエドウィンから容赦なく根こそぎ聴取したリアは、師匠の目覚めを鬼気迫りながら待ち続けていたわけである。
「お師匠様が親戚だって知ってたら、捨てられるかもとか無駄に悩むことなかったのに……」
ぼそぼそといじけた声は、ヨアキムの耳にしかと届いたらしい。ばつが悪そうな顔を他所へ向けた後、恨みがましい半目を遮るようにリアの頭をおざなりに撫でた。
「本当に無駄な悩みだったな」
「もう! なあにその適当な態度!? 私のこと娘だーって叫んでたくせに!」
「ああ!? 聞こえてたのかよ忘れろ!!」
「うわっ、そう言うと思ったからお師匠様が寝てる間に言いふらしときましたー」
「コラ馬鹿弟子!!!!」
「相っ変わらず騒がしいのう……」
あまりに声が大きくて、扉がノックされたことにも師弟は気が付かなかった。同時に振り返ってみれば、ユスティーナがげんなりとした顔で耳を押さえていた。
「大巫女様! ありがとうございます、お師匠様のこと治療してくれて!」
「喧嘩で開いた傷は治さんからな。程々にしなさい」
大巫女は外にまで響く二人のやり取りを窘めると、肩を竦めながら付け加える。
「それと私は一足先にエルヴァスティへ戻る。イネスをそろそろ休ませてやらねば……そなたらはのんびり帰ってくると良い」
「はーい」
「ではな。大事な娘と仲良くするように、ヨアキム」
「それ言いに来ただけだろオイ」
ユスティーナが知らん顔で退室したところで、一通り文句を言って満足したリアも腰を上げた。首や腕に包帯を巻いた仏頂面の師匠を一瞥し、彼女は「そうだ」と笑顔を浮かべる。
「お師匠様、家に帰ったらお母さんの話が聞きたいの」
「……」
「正式な精霊術師になるための試験も受けたいし、影の精霊についてもっと詳しく調べたいし、あと」
「待て一気に言うな、どんだけやりたことあるんだお前」
「いっぱいあるわよ! 私、もう精霊に囚われた生活はやめるの。お師匠様みたいに長生きする予定だから!」
明るい言葉と共に胸を張って見せれば、ヨアキムがふと目を丸くした。
──誰かと生きるべきだと私は思うよ。正確には誰かのために、かね。
以前ユスティーナが話してくれたように、この不器用で仕方ない師匠はリアのために生きてくれていたのだ。愛し子という不利を背負いながらも、リアを一人ぼっちで残すことがないように。
幼い頃と同じ仕草で師匠に抱きついたリアは、大好きな木材の香りに身を任せ、しばし抱擁に浸っていたのだが。
「──というわけでエドウィンと買い物行ってくるわね」
「は?」
「イネスとアハトにあげるお土産を買わなきゃって言ったら、僕で良ければ付いて行きますよって! えへへ」
「えへへじゃねえよ、お前それ都会の男の常套句だぞ待て」
「常套句って何の? とりあえずお師匠様はもうちょっと休んで、お酒も飲んだら駄目よ!」
まだ何か言いたげな顔のヨアキムは、ついに諦めたように溜息をつき、いつもの仕草で手を払ったのだった。
「はーうるさいうるさい、怪我人に怒鳴るな馬鹿弟子、ただでさえ繊細な俺の傷に響くだろうが黙って出て行け」
皇宮の一室で騒々しく言い争うのは、今朝になってようやく目を覚ましたヨアキムと、彼の回復を聞いて飛んで来たリアだった。
リアが駄々をこねているのは言わずもがな、ただの同居人と思い込んでいた師匠が伯父、つまりは母の兄だったという事実についてだ。
数日前の夜、エドウィンと共に皇都へと向かう帰路で、度重なる疲労ゆえに彼が穏やかな口調でそんなことをボロッとこぼしてしまったのが運の尽き。詳しく教えて欲しいと怒涛の勢いで問い詰めれば、知らない話が出るわ出るわ──話しづらそうにしていたエドウィンから容赦なく根こそぎ聴取したリアは、師匠の目覚めを鬼気迫りながら待ち続けていたわけである。
「お師匠様が親戚だって知ってたら、捨てられるかもとか無駄に悩むことなかったのに……」
ぼそぼそといじけた声は、ヨアキムの耳にしかと届いたらしい。ばつが悪そうな顔を他所へ向けた後、恨みがましい半目を遮るようにリアの頭をおざなりに撫でた。
「本当に無駄な悩みだったな」
「もう! なあにその適当な態度!? 私のこと娘だーって叫んでたくせに!」
「ああ!? 聞こえてたのかよ忘れろ!!」
「うわっ、そう言うと思ったからお師匠様が寝てる間に言いふらしときましたー」
「コラ馬鹿弟子!!!!」
「相っ変わらず騒がしいのう……」
あまりに声が大きくて、扉がノックされたことにも師弟は気が付かなかった。同時に振り返ってみれば、ユスティーナがげんなりとした顔で耳を押さえていた。
「大巫女様! ありがとうございます、お師匠様のこと治療してくれて!」
「喧嘩で開いた傷は治さんからな。程々にしなさい」
大巫女は外にまで響く二人のやり取りを窘めると、肩を竦めながら付け加える。
「それと私は一足先にエルヴァスティへ戻る。イネスをそろそろ休ませてやらねば……そなたらはのんびり帰ってくると良い」
「はーい」
「ではな。大事な娘と仲良くするように、ヨアキム」
「それ言いに来ただけだろオイ」
ユスティーナが知らん顔で退室したところで、一通り文句を言って満足したリアも腰を上げた。首や腕に包帯を巻いた仏頂面の師匠を一瞥し、彼女は「そうだ」と笑顔を浮かべる。
「お師匠様、家に帰ったらお母さんの話が聞きたいの」
「……」
「正式な精霊術師になるための試験も受けたいし、影の精霊についてもっと詳しく調べたいし、あと」
「待て一気に言うな、どんだけやりたことあるんだお前」
「いっぱいあるわよ! 私、もう精霊に囚われた生活はやめるの。お師匠様みたいに長生きする予定だから!」
明るい言葉と共に胸を張って見せれば、ヨアキムがふと目を丸くした。
──誰かと生きるべきだと私は思うよ。正確には誰かのために、かね。
以前ユスティーナが話してくれたように、この不器用で仕方ない師匠はリアのために生きてくれていたのだ。愛し子という不利を背負いながらも、リアを一人ぼっちで残すことがないように。
幼い頃と同じ仕草で師匠に抱きついたリアは、大好きな木材の香りに身を任せ、しばし抱擁に浸っていたのだが。
「──というわけでエドウィンと買い物行ってくるわね」
「は?」
「イネスとアハトにあげるお土産を買わなきゃって言ったら、僕で良ければ付いて行きますよって! えへへ」
「えへへじゃねえよ、お前それ都会の男の常套句だぞ待て」
「常套句って何の? とりあえずお師匠様はもうちょっと休んで、お酒も飲んだら駄目よ!」
まだ何か言いたげな顔のヨアキムは、ついに諦めたように溜息をつき、いつもの仕草で手を払ったのだった。