魔女見習いと影の獣
ゼルフォード伯爵邸に戻ってきたリアは、書斎に置いてあった荷物をまとめていた。
バザロフの遺跡周辺に群生する森林の伐採はサディアスが主導することになり、初代大公ハーヴェイの最期をクルサード皇帝に伝える役目は、実際に言葉を交わしたエドウィンに任された。
つまり彼はこれから、星涙の剣を遺品として、かつバザロフの遺跡を鎮める宝剣として大公家に納めた後、遠路を超えてクルサード帝国に赴かねばならない。
エドウィンの呪い──もとい影の精霊の誘惑が解けた今、リアはこの屋敷に滞在する理由がなくなった。
「オーレリア様、本当に帰ってしまわれるのですか……?」
「グレンダさん」
書斎の戸口でしくしくと顔を覆っているのは、侍女のグレンダだった。美味しい紅茶を淹れてくれたり、短くなってしまったリアの髪を綺麗に整えてくれたりと、彼女にはとても良くしてもらった。
肩口で揃えられた黒髪を指で軽く払ったリアは、晴れやかな笑顔で彼女の傍まで歩み寄る。
「お世話になりました。エドウィンももう大丈夫だろうし、一旦お師匠様とエルヴァスティに帰ります」
「私、エドウィン様が大変なことになっているとは露知らず……こちらこそ、亡き旦那様と奥様に代わってお礼申し上げますわ。エドウィン様を救っていただいて、ありがとうございます」
「わ、そんな大げさな。私は殆ど何も出来ませんでしたよっ」
伯爵邸に帰った後、エドウィンは彼女に全ての事情を打ち明けたという。両親の代から長く仕えてくれているグレンダに、要らぬ心労を掛けた謝罪も兼ねて。
その場に居合わせたわけではないので詳しくは知らないが──さぞかしグレンダから叱られてしまったのではなかろうか。彼女と話し終えたエドウィンの顔は少々やつれていた。勿論、そこには多大な安堵もあったけれど。
「ご謙遜なさらないでくださいな。オーレリア様、あなたの暖かな心があったからこそ、今のエドウィン様があるのですよ」
「そう……ですか?」
「ええ」
笑みを滲ませて頷いたグレンダは、しかして寂しそうな顔でリアを抱き寄せた。陽の光をいっぱいに浴びるのと似た優しい抱擁に、リアはつい身を委ねてしまいそうになる。
もしかしたら母の腕とは、これほどにまで安心するのかもしれない。例えそれを享受したことがなくとも、心が満たされるには十分だった。
一方、ひしとリアを抱き締めていたグレンダはと言えば、口惜しげに眉を曇らせていた。
「……はあ、私はてっきり、エドウィン様が身を固められるのかと……いや、まだ諦めるには早いでしょうか……」
「え?」
「ああ! いいえ、何でもございません。オーレリア様、どうかまた伯爵邸にお越しくださいね。使用人一同、お待ちしておりますわ」
グレンダの後方、書斎の外から手を振るメイドたちの姿を見つけて、リアは笑みをこぼして頷く。自身も深々と頭を下げてから、屋敷の外へと向かった。
バザロフの遺跡周辺に群生する森林の伐採はサディアスが主導することになり、初代大公ハーヴェイの最期をクルサード皇帝に伝える役目は、実際に言葉を交わしたエドウィンに任された。
つまり彼はこれから、星涙の剣を遺品として、かつバザロフの遺跡を鎮める宝剣として大公家に納めた後、遠路を超えてクルサード帝国に赴かねばならない。
エドウィンの呪い──もとい影の精霊の誘惑が解けた今、リアはこの屋敷に滞在する理由がなくなった。
「オーレリア様、本当に帰ってしまわれるのですか……?」
「グレンダさん」
書斎の戸口でしくしくと顔を覆っているのは、侍女のグレンダだった。美味しい紅茶を淹れてくれたり、短くなってしまったリアの髪を綺麗に整えてくれたりと、彼女にはとても良くしてもらった。
肩口で揃えられた黒髪を指で軽く払ったリアは、晴れやかな笑顔で彼女の傍まで歩み寄る。
「お世話になりました。エドウィンももう大丈夫だろうし、一旦お師匠様とエルヴァスティに帰ります」
「私、エドウィン様が大変なことになっているとは露知らず……こちらこそ、亡き旦那様と奥様に代わってお礼申し上げますわ。エドウィン様を救っていただいて、ありがとうございます」
「わ、そんな大げさな。私は殆ど何も出来ませんでしたよっ」
伯爵邸に帰った後、エドウィンは彼女に全ての事情を打ち明けたという。両親の代から長く仕えてくれているグレンダに、要らぬ心労を掛けた謝罪も兼ねて。
その場に居合わせたわけではないので詳しくは知らないが──さぞかしグレンダから叱られてしまったのではなかろうか。彼女と話し終えたエドウィンの顔は少々やつれていた。勿論、そこには多大な安堵もあったけれど。
「ご謙遜なさらないでくださいな。オーレリア様、あなたの暖かな心があったからこそ、今のエドウィン様があるのですよ」
「そう……ですか?」
「ええ」
笑みを滲ませて頷いたグレンダは、しかして寂しそうな顔でリアを抱き寄せた。陽の光をいっぱいに浴びるのと似た優しい抱擁に、リアはつい身を委ねてしまいそうになる。
もしかしたら母の腕とは、これほどにまで安心するのかもしれない。例えそれを享受したことがなくとも、心が満たされるには十分だった。
一方、ひしとリアを抱き締めていたグレンダはと言えば、口惜しげに眉を曇らせていた。
「……はあ、私はてっきり、エドウィン様が身を固められるのかと……いや、まだ諦めるには早いでしょうか……」
「え?」
「ああ! いいえ、何でもございません。オーレリア様、どうかまた伯爵邸にお越しくださいね。使用人一同、お待ちしておりますわ」
グレンダの後方、書斎の外から手を振るメイドたちの姿を見つけて、リアは笑みをこぼして頷く。自身も深々と頭を下げてから、屋敷の外へと向かった。