魔女見習いと影の獣
 ──意図せず紳士とゆっくりお茶してしまったリアは、酒場へ戻る道を小走りに進む。イネスもエドウィンに負けず劣らず過保護なところがあるので、早めに顔を見せて安心させなければ。

「でも知らないおじさんに紅茶奢ってもらったー、なんて言ったら怒られそうね……ここは人助けを前面に押し出して説明しなきゃ」
「リア!!」
「わはぁ!?」

 言い訳を考えようとした矢先、後方から力一杯名前を呼ばれて飛び上がった。
 慌ただしく振り返ってみると、大通りの方から息を切らした幼馴染が駆け寄ってくる姿を見付ける。

「アハトっ? どうしたの?」
「どうしたのじゃねぇ! イネスさんに凄まれ……間違えた、頼まれて捜してたんだよ! どこ行ってた!?」
「いたた、やめてよ、ちょっと人助けしてただけ!」

 ぐりぐりと頬を手のひらで押し揉まれ、リアは勢いよく頭を後ろへ振った。痛む両頬を押さえながら(むく)れれば、ばつが悪そうな顔でアハトは溜息をつく。

「……早く戻るぞ。お前いま、精霊術使ったら駄目なんだろ? 祭り前だからか知らないけど喧嘩っ早い奴だっているんだ、一人でほいほい歩くなって」

 酒場での騒ぎを指して注意した彼は、リアの手を引こうとして逡巡。結局、袖口を引くに留めた。
 ──今日は嫌味を吐かないのだろうか。
 アハトのうなじ辺りを見上げたリアは、大人しく後を付いて歩きながら、帰郷してからずっと疑問に思っていたことを尋ねてみる。

「ねえアハト」
「何だよ」
「もしかして小さい頃から王宮騎士団に入りたかったの?」
「っはあ!?」
「え?」

 ぐるんと勢いよく後ろを振り返ったアハトの顔は、それはもう信じられないと言わんばかりの形相だった。
 一方のリアはぽかんとした笑みで固まり、小首を傾げることしか出来ず。

「いや、何か……騎士に思い入れでもあったのかなって」
「おま……それはお前が」

 目元を赤くした彼は、わなわなと震えた指を突き付けては口籠る。そしてその手で顔を覆っては、再び背を向けて蹲ってしまった。
 これは拗ねたときの仕草だ。幼い頃と変わらない後ろ姿に笑いを堪えつつ、リアはそっと隣に屈んだ。

「私が何? 騎士ごっこでもしたっけ?」
「……」
「んー、でも私、ちゃんばらはそれほど好きじゃなかったような」

「──精霊術師の修行、アハトが騎士になって付いて来てくれたら良いのにって、お前が言ったんだろ!!」

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