魔女見習いと影の獣
「──ふうん……キーシンとの戦争、完全に終わったわけじゃなかったのね」
袖口のボタンを留めながら、リアは神妙な面持ちで相槌を打つ。
バザロフの遺跡に住まう影の精霊。彼らを刺激する大きな要因だった戦が終わって一件落着かと思いきや、どうやら安心するには時期尚早のようだ。
逃亡したキーシンの王子が再び大軍を率いて押し寄せてくれば、力を得た影の精霊が新たに別の人間を見初めてしまうかもしれない。
それを避けるためにも、今このタイミングで皇太子と大公家の人間がエルヴァスティへ渡ることに、重要な意味があるのだろう。
「王子の逃亡した先がエルヴァスティ方面だったので、殿下が自ら協力を要請にいらしたのです」
王子の行方を掴むための情報提供と、東西の関係修復を名目に──半ば観光気分でサディアスは訪問を決めたとか。
大公家の問題解決にエルヴァスティの精霊術師が関わった。その事実を上手く利用しての、言ってしまえば外交という名の旅行である。
そして精霊術師と深い関わりを持ったエドウィンは当然のように皇太子の計画に組み込まれ、予定よりも随分早くエルヴァスティへ来ることになったのだ。
「相変わらず、なんだか……自由な皇太子様ね」
「僕の前では観光だ何だと仰っていましたが、まあ……しっかりした御方ですので、目的は果たされると思います」
「ふふ、そうね。じゃあエドウィンは、サディアス様のお供ってわけだから……しばらくこっちにいるのね? 影の霊石も見ていくでしょっ?」
声を弾ませて尋ねれば、包帯などの治療道具を片付けたエドウィンが微笑と共に頷いた。
「ええ、何か寺院の方のお力になれれば良いのですが」
「それならこの後、私が寺院まで──」
「ストップ」
がし、とリアは視界の外から頭を掴まれる。そのまま顔の向きを左側へ捻られた彼女は、笑顔から一転して不満げに唇を尖らせた。
そこにいたアハトは彼女よりも更に忌々しげな顔をしていたが。
「何よアハト」
「悪いがお前はこれから光華の塔に呼び出しだぞ」
「どぇ!? 何で!? 謹慎は終わったはずじゃ!?」
「さっき街で勝手に精霊が寄ってきたこと、もう忘れたのかよ? 延長だとさ」
親指で後方をくいと指した幼馴染を仰ぎ、リアは「そんな殺生な」と崩れ落ちる。そのままアハトは彼女の腕をずるずると引いて、医務室の扉をくぐり、ふとエドウィンを振り返った。
「ユスティーナ様が、伯爵とお話がしたいと仰っていました」
「え……大巫女殿が?」
「後で案内を寄越します。では」
客人に対するものとは思えぬほどぶっきらぼうな口調で告げ、アハトは医務室からリアを引き離したのだった。
袖口のボタンを留めながら、リアは神妙な面持ちで相槌を打つ。
バザロフの遺跡に住まう影の精霊。彼らを刺激する大きな要因だった戦が終わって一件落着かと思いきや、どうやら安心するには時期尚早のようだ。
逃亡したキーシンの王子が再び大軍を率いて押し寄せてくれば、力を得た影の精霊が新たに別の人間を見初めてしまうかもしれない。
それを避けるためにも、今このタイミングで皇太子と大公家の人間がエルヴァスティへ渡ることに、重要な意味があるのだろう。
「王子の逃亡した先がエルヴァスティ方面だったので、殿下が自ら協力を要請にいらしたのです」
王子の行方を掴むための情報提供と、東西の関係修復を名目に──半ば観光気分でサディアスは訪問を決めたとか。
大公家の問題解決にエルヴァスティの精霊術師が関わった。その事実を上手く利用しての、言ってしまえば外交という名の旅行である。
そして精霊術師と深い関わりを持ったエドウィンは当然のように皇太子の計画に組み込まれ、予定よりも随分早くエルヴァスティへ来ることになったのだ。
「相変わらず、なんだか……自由な皇太子様ね」
「僕の前では観光だ何だと仰っていましたが、まあ……しっかりした御方ですので、目的は果たされると思います」
「ふふ、そうね。じゃあエドウィンは、サディアス様のお供ってわけだから……しばらくこっちにいるのね? 影の霊石も見ていくでしょっ?」
声を弾ませて尋ねれば、包帯などの治療道具を片付けたエドウィンが微笑と共に頷いた。
「ええ、何か寺院の方のお力になれれば良いのですが」
「それならこの後、私が寺院まで──」
「ストップ」
がし、とリアは視界の外から頭を掴まれる。そのまま顔の向きを左側へ捻られた彼女は、笑顔から一転して不満げに唇を尖らせた。
そこにいたアハトは彼女よりも更に忌々しげな顔をしていたが。
「何よアハト」
「悪いがお前はこれから光華の塔に呼び出しだぞ」
「どぇ!? 何で!? 謹慎は終わったはずじゃ!?」
「さっき街で勝手に精霊が寄ってきたこと、もう忘れたのかよ? 延長だとさ」
親指で後方をくいと指した幼馴染を仰ぎ、リアは「そんな殺生な」と崩れ落ちる。そのままアハトは彼女の腕をずるずると引いて、医務室の扉をくぐり、ふとエドウィンを振り返った。
「ユスティーナ様が、伯爵とお話がしたいと仰っていました」
「え……大巫女殿が?」
「後で案内を寄越します。では」
客人に対するものとは思えぬほどぶっきらぼうな口調で告げ、アハトは医務室からリアを引き離したのだった。