魔女見習いと影の獣
 光華の塔は今より百五十年ほど前、当時のエルヴァスティ王が寵姫(ちょうき)のために建設した、いわゆる離宮のようなものだった。
 王は正妃を差し置いてまで娘に寵愛を注いでいたが、やがてその娘が精霊の愛し子であることが判明する。寵姫が精霊に喰われることを恐れたエルヴァスティ王は、メリカント寺院に無理難題を押し付けた。
 ──精霊を追い払う術を創り上げよ、と。
 元より精霊と親密な関係にある精霊術師たちに、そのような術が創れるはずもなかった。しかし王命に逆らうわけにもいかないので、彼らは片端から神話や言い伝えを漁ったという。
 史実から御伽噺(おとぎばなし)に至るまで、何百と存在する資料を読み解いた末に辿り着いたのは──ある若者の話だった。

 その者、たおりし紅き枝を手に神域へと進む。
 神々は男をおそれ、風と共に喚き、やがて姿を消した。

 史実にもならない、取るに足らぬ小咄(こばなし)。されど精霊術師たちにとってはまさしく光明であった。
 若者は精霊に供物を捧げに行く途上で紅い樹木を見つけ、その枝を持って神域へ向かった。すると何故か精霊たちが忽然と消え失せてしまい、若者は村の者たちからこっぴどく叱られたとの記述が残されている。
 メリカント寺院の精霊術師は大急ぎで詳細を調べ、騎士団も総動員して件の紅き樹木を探した。
 そして──彼らの努力は実り、光華の塔に樹木の苗が届けられる。
 みなが半信半疑で生長を見守る中、紅き樹木は見事に精霊を追い払う力を宿した。
 エルヴァスティ王はいたく喜び、光華の塔で寵姫を囲ったが──後ほどその娘が正妃の手先によって暗殺されてしまい、あまりの衝撃的な結末に誰もが絶句したとか。
 以降この城はメリカント寺院の管轄下に置かれ、精霊の愛し子のために用いられるようになったのだった。


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