魔女見習いと影の獣
「──へえ、イネス嬢はオーレリア嬢と姉妹同然に育ったってわけか。ここにはよく来るの?」
「……。あの子の謹慎中はよく様子を見に来ています」
「そ。じゃあ今も僕に会いに来てくれたわけじゃないんだ」

 当たり前だろうが。穏やかな笑みにでかでかと本音を貼り付けたイネスを横目に、エドウィンは冷や汗をかきながらも口を挟むことは出来ず。

 ──……一体どうしたのだろう、サディアス殿下は。

 光華の塔で皇太子一行と食事をとった後、サディアスを部屋に送り届ける途中のことだった。大巫女ユスティーナの一番弟子である精霊術師、イネスとばったり鉢合わせたのは。
 それまでは皇太子の毅然とした仮面を被っていたはずのサディアスが、彼女を認めるなり急に笑顔を浮かべ。一方のイネスは「しくじった」と言わんばかりに顔を強張らせた直後、ぎこちない笑みでそれに応える。
 二人の奇妙な態度にエドウィンが首を傾げたのも束の間、後ろに控えていたお馴染みの護衛騎士たちがハッと息を呑んだ。
 そこから、サディアスによる一方的な質問攻めが始まった。
 寺院にはいつからいるのか、精霊術を近くで見てみたいが構わないか、アイヤラ祭の役目が終わったら時間はあるか、等々。
 今もなお淡々と質問に答えては「早く部屋に帰れ」と言外に訴えているイネスを一瞥し、エドウィンはこそっと後ろの騎士に尋ねてみる。

「殿下は彼女に何か……恨みでも……?」
「いえ……街でお知り合いになったときからあの調子でして」
「国王陛下との会談後も話しかけておられました」

 彼らの証言を素直に受け止めるのなら、サディアスは彼女に興味を持っているのだろう。
 しかし、それにしては些か距離の詰め方が異常である。矢継ぎ早の質問はもはや嫌がらせの域に達していないだろうか。

「……皇太子殿下。お体が冷えてはいけませんので、そろそろお部屋に戻られてはいかがでしょう?」
「ああ確かに。廊下はとても寒いね。イネス嬢を部屋に招くわけにもいかないし、今宵は諦めようかな」
「はい。では──」

 心底ほっとした笑顔で頭を垂れようとしたイネスに歩み寄り、サディアスはおもむろに掬い上げた右手に唇を寄せる。
 イネスが石のごとく硬直している間に、皇太子はその隣を通り抜け。

「また明日。イネス嬢」


 ──廊下の角を曲がったところで、サディアスが大きく溜息をつく。
 それまで困惑気味に後ろを歩いていたエドウィンは、頃合いと見て小さく声をかけた。

「サディアス殿下。一体どうされ……」
「ゼルフォード卿って、オーレリア嬢を口説くときにどんな顔してるの?」
「は、はい?」

 思わず噎せそうになったところを辛うじて堪えれば、サディアスの思案げな面が振り返る。

「僕はお前みたいに柔和な顔をすると、どうも胡散臭さしか出なくてね。まぁ生まれつきだから別に良いんだけどさ」
「……失礼ながら殿下は、どのような意図でイネス殿に接しておられるのです? アイヤラ祭の案内をお願いしたことは聞きましたが」
「さあ、僕も分からない。ただ……少し苛ついているのは確かだよ」

 イネスに触れた指先を鼻先に押し当てたサディアスは、据わりきった瞳を和らげつつ、閉口したエドウィンに対してにこりと唇を吊り上げてみせた。

「付き添いはここまでで良いよ。オーレリア嬢と何か約束していたんじゃないのかい」
「あ……はい」
「一線は超えない程度に楽しんでおいで」
「殿下」

 抗議も込めて食い気味に呼び掛ければ、皇太子は悪びれる様子もなく踵を返す。護衛騎士を伴い、ひらひらと片手を挙げて立ち去る背中を見送り、エドウィンは釈然としないまま肩を竦めたのだった。

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