悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムは死亡しました
 彼女は見張りの人間に「しばらく二人きりにして頂戴ね」と言づけている。何か言われたのか、肩を震わせて「大丈夫。彼女は今魔法を封じられているのよ」と笑って答えた。

 今のわたしは両腕に魔法封じの腕輪をつけられている。
 しかもわたしが今いるところは結界を幾重にも張った最重要警備の施された場所。逃亡も、彼女に危害を加えることもできない。あ、素手で平手打ちくらいならできるか。

 まあしないけど。
 見張りを宥めたフローレンスは扉を閉めた。
 室内にわたしと彼女、二人きりになる。
 いったい何を思って彼女はここに来たのだろう。

「うふふ。差し入れを持ってきたのよ。わたしの手作りお菓子なの」

 乙女ゲームの世界観に合わせてフローレンスもお菓子作りが得意だったな、と思い出す。彼女の作ったお菓子が素朴で美味しいとヴァイオレンツの心を掴むのだ。
 わたしは黙ったままフローレンスを見つめ返した。

「ヴァイオレンツ様もおいしいって褒めてくださったの。わたし、リーゼロッテ様たちと違って庶民の出でしょう。高級な材料なんてなかなか手に入れることなんてできないし、道具も同じ。でも、ヴァイオレンツ様は美味しいって言ってくれたの。当然よね。だって、わたしが作ったんだもの」

 あれ。こんなこと言う子だったっけ?
 わたしは内心首をかしげる。

 わたしの知っているゲームの中のフローレンスっていう子は『でも、ヴァイオレンツ様は美味しいって言ってくれたの。お世辞だとしても嬉しかったわ』とか続けるくらい遠慮深い。

 彼女は勧めていないのに、勝手に部屋の中央にある応接セットの椅子に座り、ローテーブルの上にバスケットを置いた。

 中から取り出したのはクッキーやパウンドケーキ。
 ポットに入ったお茶もある。
 お茶会の道具を広げて、彼女は自分のカップにお茶を入れて飲みはじめる。

「リーゼロッテ様もいかが? それとも、わたしの作ったお菓子は口に合わないかしら。そういえば、そういうシチュエーションもあったはずなのに、この世界では一度もあなたとお茶する機会が無かったわよね」

 わたしの背筋に冷たい汗が伝った。

 いま、この子はそういうシチュエーションもあったのに、と言った。この世界っていったいどこの世界のことを言っているの。
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