悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムは死亡しました
「わたしは誰からも愛される存在なのに! どうしてそこの悪役令嬢を贔屓するのよ! おかしいじゃないっ」

「リジーは悪役なんとか、ではないわ。あなたのことはちゃんと知っているわ」

 レイアが初めてフローレンスに話しかけた。
 それから虚空に向かって頷いた。

 わたしは、なんとなくそこにドルムントがいるように感じた。
 風が生まれる。

 フローレンスの頭上に風が吹く。小さなつむじ風が彼女の頭上に渦巻いて、それは半透明の人型になる。性別不肖の、中世的な面立ちの精霊が姿を見せた。フローレンスの契約精霊だ。

 レイアとミゼルが再び竜の言葉を紡ぎ出す。
 今度は先ほどよりも小さな水の薄膜が作られた。
 そこに、フローレンスの風の精霊が取り込まれる。

 抵抗もむなしく水の中に取り込まれ、やがて映像が現れる。きっと、あの風の精霊の記憶なのだろう。

―まったくリーゼロッテのくせにちっとも役に立たないんだから―
―どうしてシナリオ通りに動いてくれないの? このままじゃわたし、ヴァイオレンツ様とお近づきになれないじゃない―
―ああもう。毎回リーゼロッテのせいにするのも大変だわ。小細工って色々と面倒なのよね―

 いくつもの記憶が水に描かれていく。
 フローレンスが部屋の中で愚痴を言うところ。
 一人学園の庭で細工をしているところ。
 他の人間に、リーゼロッテに意地悪をされたと言いふらしているところ。
 自作自演の怪我。そのほか色々。

「やめて!」

 フローレンスが叫んだ。
 そこにさっきまでの自信はない。完全に取り乱している。

「あら、どうしてそんなにも焦っているの? さきほどみたいに、否定をすればいいじゃない」

 レイアの声音がぐんと優しくなる。
 幼子に言い聞かせているような口調にフローレンスが「あなた人の精霊に何をするのよ!」と叫んだ。

「真実を見せただけ。あなたの風は全てを知っているわ」
 よく愛想をつかされなかったわね、とレイアがにっこりと微笑んだ。

「さあ、よおくわかったかしら。リジーはなにも悪くはないわ。すべてはそこにいるフローレンスの自作自演だったんだもの。リジーはわたくしが引き取るわね」
「これが、真実……? まさか……」

 ヴァイオレンツは大いに混乱をしていた。
 それは周囲の人間たちも同じで、ざわめきが大きくなる。
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