悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムは死亡しました
「フローラ。怖がることはない。この私がついている」

 ヴァイオレンツが少し身をかがめてフローレンスの頬を撫でる。

「ヴァイオレンツ様ぁ」

 ああもう。この茶番、いつまで続くかな。
 いちゃラブなら二人きりの部屋でやってほしいんだけど。
 か細く震えるヒロインを慰めた王子様は再びわたしを睨み、こう告げた。

「私の愛するフローラを害しようとした罪は重い。リーゼロッテ、貴様には白亜の塔行きを命じる!」

 彼の声は大広間によく響いた。

 全員が彼の声を聞いたようで、どよめきが生まれた。
 人々が顔を見合わせ、驚き、ささやきは大きな渦となって広間に漂う。

 まさか。そんな。白亜の塔だなんて。あの、魔法使いの牢獄へ? 一番罪の重い刑ではないか。しかし、本当にフローレンスを害しようとしたのなら……。

 聞こえてきたのは誰のものとも分からない感想たち。

 わたしは、動揺はしていなかった。
 だってこれは既定路線だから。

 リーゼロッテ・ベルヘウムがいずれ歩むことになるルートだったから。今日この日を迎えたことでわたしは、今日ここでヴァイオレンツから言われる言葉も知っていたし、自分が白亜の塔送りになることも分かっていた。
 だから取り乱すことは無かった。

「連れていけ」

 ヴァイオレンツは背後の従者に冷たく言い放つ。
 卒業式の余興は終わった。
 わたしの周りに彼の従者が、魔法学園の教師が集まってくる。

「リーゼロッテ様。大人しくしてください。むやみに傷つけるのは本意ではありません」

 従者の一人が遠慮がちに申し出る。
 わたしはシュタインハルツ王国の中でも由緒ある公爵家の娘。ベルヘウム家の人間は代々、この国の要職に就く名門で魔術の才能にあふれた人材を多く輩出していることでも有名。正真正銘血統書付きの令嬢なわけで、だから王太子の婚約者にも選ばれた。

「ええ。連れて行きなさい。ただし、すぐに白亜の塔へ、というわけではないのでしょう? こんなこと、ヴァイオレンツ殿下の独断で決められることではありませんわ」

 わたしはヴァイオレンツではなく、彼らに交渉をすることに決めていた。
 公爵家というバックがあれば、多少の融通はきくと踏んでいたから。

「ええ、ひとまずは公爵家へお送りします。もちろん、付添人はつけさせていただきますが」

 よっし。やっぱり。
 いきなり直送ではなかった。よかった。

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