悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムは死亡しました
 少し頭はぼんやりするけれど、それってあれかな。
 現実を考えたくなくて逃避しているのかな、頭が。そんな気もする。

 わたしの答えに頷いた金髪美女はぱちんと指を鳴らした。そうしたら水瓶とガラスのコップが現れた。大きな水瓶を両手で持つ美女。歌うように何やらつぶやくと瓶の中から水がすぅっと筋を描いて飛び出てきてわたしの目の前に置かれたコップの中に収まる。

「うわ」

 流れるような魔法に驚いた。
 いや、わたしも魔法は使うけれど、こういう日常の動作には使わない。

「あら、そんなにも緊張しないで頂戴な」
「い、いえ……」

 これは魔法の使い方に拍子抜けしただけです、とは言わずにコップの中の水をごくごくと飲み干す。ものすごく喉が渇いていたみたい。あっという間に飲み干してしまった。

「いい飲みっぷりね。でもお水ばかりじゃ味気ないわよね」

 金髪美女はうーんと虚空を眺めてぶつぶつ唱える。
 そしてテーブルの上に現れたのは人間用の料理の数々。

「さあさ、たんと召し上がれ」

 金髪美女がこぼれんばかりの笑みを浮かべてわたしにテーブルの上の料理を進めてくる。
 テーブルの上にはパンやチーズ、スープや野菜などが置かれている。

 どれもほわほわと湯気が立っていて、美味しそう。

「すごい……」
 わたしは無意識に呟いた。

「うわぁ人間用のごはんだ」
「ねえねえ、それ食べるの?」

「わたしたち魔水晶を食べてたよ」
「あれは子供用だよ、ファーナ。僕たちはもう一人前の黄金竜だから食べなくてもいいんだよ」

「でもフェイルはまた食べたいって言っていたじゃない」
「言ってないもん」
「言ってたー」

「はいはーい。子供たち、ちょっと静かになさい」

 口を挟みだすちびっこ竜たちに金髪美女が手を叩く。幼稚園の先生みたいな仕草だ。
 というか、金髪美女って呼びずらい。名前聞きたいかも。

「あら、忘れていたわ」

 美女は指をぱちんと鳴らした。そうしたら今度はティーカップに入った紅いお茶、要するに紅茶が現れた。

 香りのよい紅茶は大陸の南の方で栽培されているダージニアティー。要するに元の世界でいうダージリンをもじったお茶である。ああ身も蓋もない乙女ゲームな世界。

 人間用の料理に、わたしの胃がキュルキュルと反応をした。
 どうやらお腹空いていたみたい。とはいえ、起き抜けにがっつりという気分でもないのでまずはスープから頂くことにする。

「い、いただきます」
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