知らない記憶
次の日は土曜日で午前中は部活の予定だったけれど、病院へ行くことにした。

朝起きて直ぐに見たクラスのSNSには、杉本の意識が戻ったことと、命に別状は無いことが書かれていた。

ホッとして瞼を閉じた瞬間、脳裏に鮮明に浮かぶ、ユズキヒナコの姿━━━

「なんなんだよっ!」

安堵したことで恐怖とモヤモヤした感情は怒りに変わり、僕はヒナコの記憶を掻き消さんとばかりに頭をガシガシと掻きむしった。

「あ゛ぁ゛ーーーっ!!」

だが、そんな行動は逆効果だった様で記憶の中のヒナコは昨日よりも鮮明になり、更に少し成長している様に感じられた。
昨日のヒナコは9歳くらいだった、だが、今のヒナコは11〜12歳くらいだろうか。

どんどん思い出す、記憶に無い記憶
あれは本当に、誰なんだ

震える手を握り締めて、気持ちを落ち着かせようとシャワーを浴びる。
身支度を整えて、病院へ向かった。

━━━華村心療内科━━━

僕には、小学校入学前の記憶が無い。

両親の話では、僕は4歳の頃に顔見知りだった男に連れ去られたそうだ。幸い無事に保護されたが、男は僕の側で自殺していた様で、幼かった僕はショックから喋ることが出来なくなり部屋に引き篭もっていたそうだ。

けれど7歳の誕生日の日、突然「ふつうの子」に戻ったのだという。
今の僕にはこの「ふつうの子」に戻ってからの記憶しか無い。
僕は「ふつうの子」に戻ってからずっと、9年間この心療内科へ毎月通っている。
少し居心地の悪い診察室へ入ると、人の良さそうなおじさん━━華村先生が毎月お決まりの問診を始める。

「こんにちは颯太君、さて、変わりは無いかい?」

「先生、あの・・っ、」

「ん?なんだい?何か思い出したのかい?」

「・・思い出したって言うか、そのっ、なんて言うか・・・」

「落ち着いて、ゆっくりでいいから、話してみなさい」

華村先生は書き物をしていた手を止めて、僕の目を見て深く息を吐いた。僕も先生に倣って一度大きく深呼吸をしてから、僕自身が記憶を整理する様に話しはじめた。

「僕の記憶に、僕の知らない女の子が現れるんです。まるで昔から一緒に居たかの様に、その子も僕の成長と共に少しづつ大きくなっていて・・・だけど、まったくそんな子のことは知らなくて・・」

「そうか、知らない女の子ね・・・」

「その子が、参宮橋から川に落ちて・・・死んでしまう所を・・思い出したんです」

「!!・・・それは、昨日の事故と同じ?」

「そうなんだ、あの落ちた子は僕のクラスメイトなのに、僕の中では全く同じ状況がユズキヒナコで再生されるんです!」

「ユズキヒナコ?名前まで分かるのかい?」

「ヒナコ、そう・・柚木雛子、柑橘の柚の木にひな鳥の雛子!・・・オェッ!!」

また鮮明になる記憶、知らないはずの雛子がまるで受肉するかの様な感覚に、僕は震え嘔吐きそうになる。

「颯太君っ!大丈夫、ゆっくり呼吸をして、」

人に話せたことで少し安心した気がした。
その日は興奮を抑える薬と睡眠導入剤を処方された。

精神病の患者みたいに思えて、すごく嫌だった。

病院からの帰り道、僕はずっと思い出したくもないのに雛子のことを考えていた。
雛子は、なんの目的で僕の記憶に現れるのだろうか。僕が小さい頃のことを思い出せば、雛子のことも何かが分かるのだろうか。
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