君と私で、恋になるまで
「おーいそろそろチラシ班、散って〜!」
このイベントを仕切っている営業部の先輩が全員に聞こえるように声を張ってそう伝える。
ぞろぞろと去っていくみんなを見つめて、私もよし、と気合を入れた。
私はブースに常駐して、来てくれたお客さんの対応をするのが今日の役割だ。
用意された簡易テーブルに亜子が持って来てくれたパンフレットを並べていく。
「パイプ椅子やっぱりもうちょっと用意しとこうか。」
ブース内の配置を最終チェックした先輩がそんな風にこぼした言葉に同調し、
「私スタッフさんに聞いて持ってきます!」
そう言ってまさに走り出そうとした。
___のだけど。
「…何脚、持ってくんの。」
「っ、え、」
ぐい、と腕を掴まれて私の足は容易く止められた。
止まった動きを確認して、腕はパッと離される。
割と至近距離で私を見下ろす瀬尾はやはり気怠げだ。Tシャツの黄色が全然そぐわない。チラシ班をお願いしたのに、何故まだいるんだろう。
「ご、5脚くらい?」
狙い違うことなく向けられた真っ直ぐな視線に、この会場の熱気のせいでは無く、確実に熱が上がる。
そんな中でなんとか答えた私に、やっぱりふと笑って
「そのダサいTシャツであんまりウロウロしない方が良いよ。」
「…自分も着てるじゃん。」
というか、出歩くためのTシャツなんだよこれは。
「俺、今日は"リーダーの"手伝いに来てるから。まあチラシ班も後でやるけど。」
そう愉快に告げて、先程渡した配布用のチラシをぽん、と私の頭に乗せる。
「…私の?」
「だから今日は俺を使わないと損だと思うけど?こんなチャンスもう無いかもよ。」
「…プロジェクトの方でそのチャンス無いと、これからキツイです。」
デザイナーが手伝ってくれなければ、香月さんのところのプロジェクトは確実に頓挫する。
…なんて。
この男が今までもプロジェクトでどれだけ助けてくれてるかなんて分かっているけど。
私の本気じゃ無い発言にやはり微笑んだ男は、スタッフ探してくる、と去っていった。
「………今、何を見せられたわけ?」
一部始終を見ていた亜子が、来た時と同じげんなりした顔でそう呟くのに反応は出来なかった。
顔が熱くてそれどころじゃ無い。
あの男、なんなの?