君と私で、恋になるまで




「……で?」

「え。」


去っていった男の背中を見送って暫く、亜子がそんな風に私に声をかける。

「あの男は"ちひろの"ために今日手伝ってるらしいけど?そこのところ、どうなの?」


ちひろの、というところをワザとらしくスピードを遅くして伝えた彼女は、首を傾げて尋ねてきた。


「……感謝してるし、う、嬉しいよ。」

「だーれがそんな甘酸っぱい感想求めてんのよ馬鹿。」

「え、なんの話?」

冷めたトーンで返されて、本心を口にした私はなんと無駄な恥をかいただけだった。




「……あんだけ近くにいて、よく我慢してられるわね。」

「…え?」

「触れたくなったり撫で回したりしたくならないわけ?」

「撫で回すとは…!?」


ごく平然と、それこそ先程差し入れを渡してくれた時と何も変わらないトーンで言うこの女は、凄い。
もう少し声を抑えてもらえないだろうか。


「そういう気持ち恥ずかしい〜〜とか綺麗事ばっかりぬかす女は信用ならないわね。純情とかピュアとか、そんな気持ちだけじゃ恋愛なんか出来るわけ無いんだし?」


コテン、と顔を傾けた亜子は、自論のような言葉だけど私を確実に促してるのが分かる。


「………信用していいよ。」


ぽそり頼りない声で告げた言葉に、亜子は一瞬目を丸くして、それから薄く整った唇に弧を描く。


「そうよね。天然記念物のちひろちゃんも、瀬尾にはそういう欲とか気持ちくらいあるわよね。」


愉快犯の女は、そう子供をあやすみたいな声色で私に確認をしてきたので、睨んだまま無視を決め込んだ。




我慢なんて、きっと、ずっとしてる。

手を伸ばしたい衝動だって、今まで何度もある。

そんな私が、あの気怠い男に向かう「好き」は、とっくに綺麗な気持ちだけでは言い表せそうには無い。


「ハレンチOLかもやっぱり…」

溜息を吐いた私に、亜子は「上等じゃない?」と可笑しそうに笑った。この女は、本当に凄い。





< 113 / 314 >

この作品をシェア

pagetop