君と私で、恋になるまで
「……で?」
「え。」
去っていった男の背中を見送って暫く、亜子がそんな風に私に声をかける。
「あの男は"ちひろの"ために今日手伝ってるらしいけど?そこのところ、どうなの?」
ちひろの、というところをワザとらしくスピードを遅くして伝えた彼女は、首を傾げて尋ねてきた。
「……感謝してるし、う、嬉しいよ。」
「だーれがそんな甘酸っぱい感想求めてんのよ馬鹿。」
「え、なんの話?」
冷めたトーンで返されて、本心を口にした私はなんと無駄な恥をかいただけだった。
「……あんだけ近くにいて、よく我慢してられるわね。」
「…え?」
「触れたくなったり撫で回したりしたくならないわけ?」
「撫で回すとは…!?」
ごく平然と、それこそ先程差し入れを渡してくれた時と何も変わらないトーンで言うこの女は、凄い。
もう少し声を抑えてもらえないだろうか。
「そういう気持ち恥ずかしい〜〜とか綺麗事ばっかりぬかす女は信用ならないわね。純情とかピュアとか、そんな気持ちだけじゃ恋愛なんか出来るわけ無いんだし?」
コテン、と顔を傾けた亜子は、自論のような言葉だけど私を確実に促してるのが分かる。
「………信用していいよ。」
ぽそり頼りない声で告げた言葉に、亜子は一瞬目を丸くして、それから薄く整った唇に弧を描く。
「そうよね。天然記念物のちひろちゃんも、瀬尾にはそういう欲とか気持ちくらいあるわよね。」
愉快犯の女は、そう子供をあやすみたいな声色で私に確認をしてきたので、睨んだまま無視を決め込んだ。
我慢なんて、きっと、ずっとしてる。
手を伸ばしたい衝動だって、今まで何度もある。
そんな私が、あの気怠い男に向かう「好き」は、とっくに綺麗な気持ちだけでは言い表せそうには無い。
「ハレンチOLかもやっぱり…」
溜息を吐いた私に、亜子は「上等じゃない?」と可笑しそうに笑った。この女は、本当に凄い。