君と私で、恋になるまで
「瀬尾。あの日、どうして抱きしめてくれたの?」
目蓋に籠る熱と声の震えをなんとか隠してやっと届けた言葉に、今度は奴の方が目を見張った。
「……枡川が、傷ついてるって思ったから。」
「…そ、か。」
私は、いつも "瀬尾だから" 触れたいって思う。
___この人が、私に触れた理由は、私とは違う。
「私と、瀬尾の関係ってなんなんだろうね。」
ずっと自分自身の中で問いかけてきた。
この男にも聞きたい、そう思っていた。
「…同期だろ。俺は、お前が大事だよ。」
予想していた答えに、私はやっぱり、そう呟いて口角を上げた。
大事だと、そう言ってくれることは嬉しい筈なのに私は、欲張りだから。
張り付いたような笑顔の中で、古淵が言っていた、この男の「同期への愛」なんて似合わない表現は、実は本当だったと、そう思う。亜子は馬鹿にしていたけど。
「瀬尾。いつも心配してくれて、ありがとう。
もうあんまり迷惑かけないようにするから。」
「…枡川、」
「あと、私は、"誰かが言うから"で、仕事を決めたりはしないよ。」
最後の言い方は、ちょっと嫌味っぽくなってしまったかな。頑張って明るく伝えたけど、やはり上手くは笑えなかった。
だけどそれくらいは、私にも意地を張らせて欲しい。
「今日話したいことあるって言ったけど、ちょっと体調あんまり良くないから、一次会で帰るね。
リスケ、するから、また連絡するね。」
"また"連絡する日は、きっと来ない。
瀬尾の返事を確認することはないまま、私は再びお店へ入った。
そのまま足早に2階へと続く階段をタンタンタン、と駆け上がっている中で、ぽろりと目から雫が溢れて床にシミをつくった。
それを確認した拍子に、足は止まる。
「…っ、」
ひく、と震える喉から声を出して泣き出してしまいたい、そんな衝動を必死に抑えた。
"同期"から抜け出したい。そう思っていた。
抜け出せる訳が、無い。
私1人がこの位置にもがいたって、相手がそれを望んでもいないのに。
そんなの、無意味な足搔きにしかならない。
相手の心が、初めから全部透けて見えたら良かったのに。
そしたら、こんな思いはしなかった。
こんなに、好きにならずにいられた。
___私への気持ちの中に、
同期に対するもの以外が、あるのかな。___
あの男の不透明な心の中に、
それ以外の気持ちなんて、最初から無かった。