君と私で、恋になるまで
朝一の会議に出て、恐らく暇な古淵との会話を終えて、私はその足で香月さんの会社を訪れていた。
歩く中で、ラスボスのように現れた登り坂を前に、いつも以上に気怠さを見せたあの男を思い出す。
踏み出す一歩一歩が、とてつもなく重くてなんだか頭痛までしてきた。
私、あの男を忘れたりできるのかな。
「…忘れるの、いやだな、」
漏れ出た言葉は、きっと本心でしかなくて自嘲気味に苦笑いをした。
◻︎
「私のライバルは、こんな辛気臭い顔の方でしたか?」
無事に今日の打ち合わせを終え、香月さんと別れて
ビルを出ようとしていた時。
そんな可愛らしい声が横から聞こえて、思わず立ち止まった。
「…枡川さん。本日もご足労いただいてありがとうございました。」
にこりと笑ってこちらへ近づいてくる彼女は、最近SNSでよく見かけるお洒落なお財布だけを持った身軽さだった。
繊細なレースが施された黒のブラウスに、タック入りのベージュのパンツ。髪を下ろしてサイドに寄せたヘアスタイルの保城さんは、今日も完璧だ。
「とんでもないです。こちらこそいつもありがとうございます。」
お礼を言いつつお辞儀すると、愛らしく細まる目元。
「…ランチ買いに行く途中だったので。駅の辺りまでご一緒して良いですか?」
予想していなかった提案に驚きながら、はい、と惚けた声で答えればやはり楽しそうに微笑んだ。