君と私で、恋になるまで
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「___枡川、」
囁くような声が耳に届いて従順に目を開ければ、そこには至近距離に瀬尾の顔があった。
びく、と若干肩を揺らして動揺するも、起き抜けで働かない頭ではうまく言葉が出なくて見つめ合うかたちになる。
「起こしてごめん、もうすぐ最寄り着くから。」
そう少し微笑んで言う瀬尾の言葉で、窓ガラスの方へ視線を移すと、確かに私が見たことのある景色が広がっていた。数十メートル行けば、もう駅前だ。
「すぐそこのスーパー、俺が代わりに行ってくるから欲しいもの言って。」
「え……そこまでしてもらうのは、「言って。」
有無を言わなさない圧に負けて、スポドリとゼリー、後はレトルトのような簡易食品系が少し欲しいと伝えるとまたふと笑って直ぐに男は外へと向かった。
運転手さんと若干気まずい空間の中で、遠く小さくなっていく男の背中を、ずっと見つめていた。
それから数十分後、ドアが開かれる音がしてそちらを見やれば、相も変わらず気怠そうな男は、大きなレジ袋を引っ提げて乗り込んでくる。
「な、何をそんなに買ってきたの。」
「すいません、お待たせしました。
車出して下さい。」
そんなに色々おつかいを頼んだ覚えは無い、そう思って問うのに運転手さんへの挨拶を済ませた瀬尾はそのまま私の言葉をスルーしてくる。
そのまま見つめ続けても、前を見て無視を決め込んでいる綺麗な横顔。
この男のことが、本当に分からない。