君と私で、恋になるまで
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そこからはもうあっという間に到着して。
私が財布を出して瀬尾へお金を渡そうとする間に、勝手に運転手さんへの支払いを済ませた男は足早に車を降りる。
焦りの中で釣られて私が降りれば、当然のようにタクシーはエンジン音と共に去って行った。
「せ、瀬尾、タクシー行っちゃったけど。」
私はてっきり、駅まで送ってくれたらそのままこの男はタクシーで帰っていくのかと思っていた。
毎日使う最寄りの駅前の景色の中に、この気怠い男がいるのは凄く不思議な感じだ。
痛みつつもぼうっとする頭にも熱が篭る身体にも、逆に少しずつ慣れてきてしまっている。
「…俺、連れて帰りたいって言わなかった?」
「…え?」
「家でちゃんと枡川が休むの見届けるって意味だけど。」
「……え、」
向き合う形で目の前に立つ気怠い男の発言に、目を見開く。
ちょっと、待って。
「そ、それは存じ上げてないよ。」
「じゃあ今理解して。
というかさっき買った荷物重いから早く置かせて。」
それが重いのは私のせいでは無いと思うんだけど。
忙しない心拍のまま、「待って今からこの男は私の部屋に入るということ?」と考えれば、より一層拍が増していく。
ぐるぐると使い物にならない頭で懸命に事態を把握しようとして、無言になる私をじ、と見つめていた男は、
「……玄関先までで良いから。
途中で倒れられたら怖い。そこまでは許して。」
少し眉を下げていつものロートーンでそう告げる。
強引かと思ったら、急にそんな風に優しく私を促す。
その緩急に免疫なんてつく日はきっと来ない。
「……部屋、あんまり綺麗じゃ無いよ、」
それでも、私は。
この男と出来る限り一緒に居たいっていつも思ってしまう。
俯いたまま地面に向かって小さな音で発せられた私の言葉は、「中に入っても良いよ」の意味で伝わったかな。
恐る恐る視線を上げると、奥二重の涼しい目元にらしくない驚きの色を乗せた瀬尾は、その後、緩く優しくそれを解して笑った。