君と私で、恋になるまで


◻︎


そこからはもうあっという間に到着して。


私が財布を出して瀬尾へお金を渡そうとする間に、勝手に運転手さんへの支払いを済ませた男は足早に車を降りる。


焦りの中で釣られて私が降りれば、当然のようにタクシーはエンジン音と共に去って行った。




「せ、瀬尾、タクシー行っちゃったけど。」

私はてっきり、駅まで送ってくれたらそのままこの男はタクシーで帰っていくのかと思っていた。


毎日使う最寄りの駅前の景色の中に、この気怠い男がいるのは凄く不思議な感じだ。

痛みつつもぼうっとする頭にも熱が篭る身体にも、逆に少しずつ慣れてきてしまっている。



「…俺、連れて帰りたいって言わなかった?」

「…え?」

「家でちゃんと枡川が休むの見届けるって意味だけど。」

「……え、」


向き合う形で目の前に立つ気怠い男の発言に、目を見開く。

ちょっと、待って。




「そ、それは存じ上げてないよ。」

「じゃあ今理解して。
というかさっき買った荷物重いから早く置かせて。」


それが重いのは私のせいでは無いと思うんだけど。


忙しない心拍のまま、「待って今からこの男は私の部屋に入るということ?」と考えれば、より一層拍が増していく。

ぐるぐると使い物にならない頭で懸命に事態を把握しようとして、無言になる私をじ、と見つめていた男は、



「……玄関先までで良いから。
途中で倒れられたら怖い。そこまでは許して。」


少し眉を下げていつものロートーンでそう告げる。

強引かと思ったら、急にそんな風に優しく私を促す。


その緩急に免疫なんてつく日はきっと来ない。



「……部屋、あんまり綺麗じゃ無いよ、」


それでも、私は。

この男と出来る限り一緒に居たいっていつも思ってしまう。



俯いたまま地面に向かって小さな音で発せられた私の言葉は、「中に入っても良いよ」の意味で伝わったかな。


恐る恐る視線を上げると、奥二重の涼しい目元にらしくない驚きの色を乗せた瀬尾は、その後、緩く優しくそれを解して笑った。


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