君と私で、恋になるまで
「……今日、△社に行ってきた。」
「ふうん、そうなんだ。」
「……」
この男、しらばっくれる気なのかな。
じ、とその涼しい目元を見つめても瀬尾は表情を崩さない。
「……どうして、言ってくれなかったの。」
だけどそう伝えた瞬間、眉を少し下げて観念したように小さな息をこぼした。
「皇先輩のとこでアドバイザーやってるの、部長が凄い興味持ってて。
こういう立ち位置は、新しいビジネスとして他の会社でも売り込めるかもって息巻いてるから、△社でも宣伝させていただいただけ。」
「……わざわざリーフレットの納期も早めて?」
「…………まあ、後は。
お前が今頑張ってる案件を、紹介できるきっかけになるかなと思った。」
視線を合わせることはなく、少し早口で伝えられた言葉なのに私の心にはゆっくりと浸透していく。
この男は、本当にずるい。
今日一日だけで相当制御が効かなくなった涙腺は、なんとか堪えようとしても、止まりたく無いと解放を訴えかけてくる。
「…枡川?」
下唇を噛んで、地面をただ見つめていた私の異変に気づいた男は、私の腕を徐に掴んで引いた。
そしてそのまま男が誘導する方へと従えば、いつの間にか高層ビルが立ち並んだオフィス街の喧騒を少しだけ離れていた。
一定の距離を保っていくつかベンチが設置されているこの場所は、いつもなら昼食を持ち寄る人々で賑わっているけど、ランチタイムのピークを過ぎた今は、人気もまばらだ。
「…瀬尾。」
「うん。」
そうして向き合って立つ私に、この男は絶対に「どうした、何があった」とは強引には聞いてこない。
根掘り葉掘り、いつだって私の言葉を無理には促したりしない。
「△社の松奈さんに、ご挨拶して。
まだどうなるかこれからは分からないけど、でもとりあえず"次回も"よろしくお願いしますって言ってもらえた。」
「…そう。」
私が伝えた言葉を驚いたように目を丸くして聞いていた瀬尾は、それから優しく甘く瞳を細めた。
「……ツンデレのデレの部分をちょっと見られた。」
「あの強面のおじさんをツンデレで表現できるお前がすげーよ。」
クツクツと噛み締めるように笑う瀬尾のことをずっと見ていたいと思う。
「……心配かけて、ごめん。」
「謝罪は要らない。」
「………じゃあ、ありがとう、」
1つ呼吸を落として、背の高い奴の顔を見上げる。
満足そうに微笑んで細くなる奥二重の瞳と視線が絡み合ったその瞬間、私は、口を開いた。