君と私で、恋になるまで
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「ありがとうございました、またお待ちしてますー!」
快活な声でそう告げる店員さんに挨拶を終えた私は、財布を握りしめて顰めっ面だ。
「どんな顔なのそれ。」
「…瀬尾さん。これはダメです。」
「何が。」
そんな私を覗き込んでゆるり、笑みを濃くする男に勿論胸は高鳴るも、今はそれに負けていられない。
必死に頑張ったけれど定時を少し過ぎてしまい、足早にビルを出て駅に向かって。
改札の傍で、既に待ってくれていた男に再び「お疲れ」と言われたのが今から丁度、2時間ほど前のこと。
2駅ほど電車に揺られて瀬尾が連れて行ってくれたのは、高級な雰囲気に呑まれてしまいそうな程では無いけれど、シックな外観で佇む焼肉屋さんだった。
お互いに向かい合う、
いつものスタイルは変わらないのに。
照明があの元気な居酒屋よりは薄暗いとか、椅子の座り心地がなんだかふかふかするとか、いろんな違いを見つけながら、目の前の男が笑う度にドキドキしてしまう。
「まず、いつも何食べる?」
「…やっぱり塩タンかなあ。瀬尾は?」
「じゃあまずそれな。後は何が好き?」
「……絶対食べるのは、ハラミとホルモンだね。
瀬尾は何が好きなの?」
「ん。それもとりあえず取るか。」
「……あれ、私の問いかけ聞こえてない?」
メニューに視線を落としつつ、ロートーンボイスを崩さないままに私を促す男は、何故だか私の質問はとても華麗に無視してくる。
そのままナチュラルに注文した瀬尾によって、運ばれてきたお肉たちはそれはもう美味しそうで。
__だけど。
お肉を丁寧に焼いては、私のお皿にばかり乗せてこようとするから、最後の方は2人ともトングを使って、お互いの皿に焼き上がった肉をいかに入れ合うか謎の小競り合いが勃発していた。
「…枡川さん何やってんの?」
「こっちの台詞なんだけど!?」
そっちが仕掛けてきたんだよと告げても、楽しそうに笑う男のゆるい笑顔が、仄暗い照明越しに見えれば心臓がもう痺れて麻痺してしまったような感覚がする。