君と私で、恋になるまで
「……名前。」
「…?」
「名前で、呼んで。2人の時は。」
「、え。」
突然のそれに、声が出た。
「……ちひろって、呼びたい。」
なに、この人。
なんでこんな急に可愛いことを言い出すの。
ぼ、と効果音が聞こえるほど勢いよく点火した。
顔が熱くて先ほどから熱が溜まる一方で、もうその逃がし方が全く分からない。
手を繋がれているから、物理的な逃げも叶わない。
「聞いてる?」
「……きいてる。」
「…呼んで?」
「いま!?」
腰を折って、ぐ、と近づく男はゆるりと微笑みながらも全然容赦が無い。
「…わ、わかったから、ちょっと呼吸させて…!!」
「まあ、呼吸は大事。」
他人事のように了承する男に、誰のせいだと言いたい。
そのまま私は、周りの空気を吸い込んで、1度思い切り吐き出す。
そして。
「……せ、瀬尾 央。」
「え?思ってたのと違うんだけど。」
「……今後に期待して、ください。」
本当に無理だ、修行をさせて欲しい。
もはや懇願するように言えば、吹き出して笑う気怠い男を愛しいなあ、なんてそれでも軽率に思ってしまう。
「なんかごめん、無理させて?」
「…いえ?」
全然謝罪に心がこもってないので、私も不満げにそう返答した。
「……俺"も"、浮かれてるから。許して。」
「、」
今日の瀬尾は、よく笑う。
お酒も入ってるからかなと思っていたけど、その理由が、私と同じように"浮かれてるから"なんだとしたらやっぱり愛しさは簡単に溢れる。
私の手を握って再び歩き出した背中を見つめつつ、「とりあえず名前呼びの修行をしよう。」と亜子に鼻で笑われそうな誓いを立てた。