君と私で、恋になるまで
「……ちひろ?」
諦めて発信を止めたスマホの画面に視線を落とすと、
前からそんなロートーンの声が聞こえて来た。
マンションのエントランスから出て来た男は、黒のボートネックのカットソーにスラックスパンツという、
気怠い雰囲気を後押しするようなスタイルだった。
「……居た。」
「…?」
呟いた言葉にキョトンとした瞳を向ける男。
その表情は、ちょっと珍しい。
予定も確認せずにここまで来た。
それくらい、
「………会いたかった、」
嗚呼、なんか本当に、
その一言でしか、ちょっと表せなさそう。
私の語彙は、目の前の男のせいでそれ以外は全部奪われてしまったらしい。
薄暗い静かな空間の中で、私のそんな今にも消えそうな呟きを聞いた男は、あっさりと私の前にやって来て顔を覗き込む。
「……無事終わった?」
「…終わった。」
「そう。お疲れ。」
短い言葉のくせに、何でだろう。
どうしたって優しく聞こえるのは、
もうそういう魔法なのかなあ。