君と私で、恋になるまで
あまり真剣に聞かずに、へえそうなんだと相槌だけしていると、目の前の枡川ちひろと名乗る女は、ジ、と綺麗な顔で私が広げていたお弁当を凝視していた。
…え、何。
ジャガイモがみんなにまだ自分語りを止めない合間を縫うように、「どうした?」という視線だけを向ければ、それに気づいた女はハッとした顔をして、それから少し恥ずかしそうに首を横に振って笑った。
……いや、何なのよ。
この女は、グループワークの最中も特に積極的に発言はしない。
そのくせに、話題が脱線しそうになればふわりと笑って「脱線してるね。戻ろうか。」とストレートにそう告げ、うまい具合に軌道修正をしてくる。
こんなジャガイモなんかより、充分仕事できそうだとは勝手に思っていたけれど、お弁当を見つめていた意味だけは分からないままだ。
「島谷さんは、どうしてこの会社志望してるの?」
「…え。」
目の前の女に気を取られていると、隣のジャガイモがそう話しかけてきた。本当に面倒くさい。
「別に、特に意味無い。
福利厚生も充実してるから、良いなと思っただけ。」
「……そう。女の子はそれ大事だよね。」
"女の子"。
上から目線の感想と共に肯定してくる様も腹立たしい。
でも素直な意見だし、就活生みんなが立派な理由を携えてるとか、思わないで欲しい。
お弁当の卵焼きをこっそり箸でブッ刺して、疲れを表すように小さく息を吐くと、ジャガイモは目の前の女にも話を回すように同じ質問をする。
「私は営業がしたくて。」
「へえ!珍しいね!営業なんて大変な仕事わざわざ選ぶなんて、相当この会社に思い入れがあるんだよね?」
相変わらずもはや試験官のように質問を続けるジャガイモにも、女はギャップのある屈託のない微笑みのままだ。
そして。
「……ん?無いかな。」
「え。」
サラリと男の言葉を否定した。
「会社というか、この辺の企業に思い入れ、がある?」
「……この辺?」
「私、"孤独のグルメ"が大好きなんだけどね。」
「……は?」
「全シーズン観てるんだけど、絶対行きたいお店がこの駅の周辺に何個かあって。
営業になれば、堂々と外ランチで通ったりできるかなあと思って。」
へらりと笑ってパンを片手に告げた言葉に、呆気にとられているのは隣の男だけでは無い。
……ちょっと待って。
「いや、何その理由。」
ポロッと私は自分の本心を漏らしてしまった。