君と私で、恋になるまで
「勿論引き継ぎもあるし、事務処理も沢山あるし、そこを配慮して異動の時期は決めるって言ってくれてる。
でも、まだ入ったばかりの梨木ちゃんは、大丈夫かな。仕事増えて、困らせるかも。
他の案件もうまくみんなに引き継ぎできるかな。
…嗚呼、私、もう外回りとかしなくなるんだな、って、何でか分からないけど、そんなことばっかり、思って、」
自分の考えてることがうまく言葉になっているか、分からない。
ずっと視線を落としていたコーヒーのブラウンがぐにゃりと歪んでいく。
「…ちひろ。」
でもその瞬間、いつもの声で名前を呼ばれたと思った時には、手にあった筈のマグカップはいつの間にか取り上げられて。
それをそっとテーブルに置いた男は、ソファの上で私をぎゅうと抱きしめた。
「…っ、」
この男はいつも、私に根掘り葉掘り、何かを問いただしたり、聞いてはこない。
その居心地の良い温もりにどれだけ支えられて来たか、もういくら考えても足りない気がする。
「央。」
「ん?」
小さな声も取りこぼさないようにと、私の唇に耳を寄せてくれる男に、スルスルと本当の気持ちを言いたくなってしまう。
「多分、1番大きいのは、そんな、真っ当な理由じゃ無い。」
「……」
「新しいことに挑戦するのが、怖い。
もう4年目で、後輩だって入って来て、何言ってんの、って思われるの分かってる。
でも、企画部で、新しい仕事で、上手くできなかったらどうしよう…、って、」
震える声を悟られたくなくて、男の背中に回していた手で、ぎゅうと服を掴んだ。