君と私で、恋になるまで
でも。
「……私、営業の仕事、凄く好きだったみたい。」
とてもシンプルな自分の感情に、私は初めて気がついた。
くぐもった声でそう言えば、私を抱きしめたままの男は、ふ、と息を溢す。
そして、
「……え、今気づいたの。」
やっぱりなんてことないロートーンボイスでそう感想を漏らす。
「…だ、だって私、最初に営業を志望した理由も恥ずかしくてあんまり言えないし、後悔してたし。」
「“孤独のグルメ“な。
それは本当、意味わかんねーわ。」
「……。」
こんなに大変だと思ってなかったと、配属された頃げんなりした顔で外ランチ中に漏らした私に、亜子もケラケラと笑っていたのを思い出す。
だからこそ。
___いつからこんなに、
この仕事が大事になってたんだろう。
抱きしめていた腕を緩めて、間近で私を見つめる男は
私の瞳に溜まっていた涙を拭う。
「俺は、お前がヘルメットかぶって現場で走り回って頑張ってるのを見るの、好きだった。」
「…うん。」
変わった趣味をしているこの男に、もうこれからはその姿は見せられない。
新しい場所、新しい内容の仕事は、上手くできなくてこの人をがっかりさせるかもしれない。
「…これからは、もう4年目のくせに、格好悪いところばかり見せるかも。」
情けない表情になってしまった。
それでも笑おうとすると、目の前の奥二重の瞳がちょっとだけ不服そうに細まる。
そして「ちひろ、古淵のこと言えないんじゃないの。」と呟く。その言葉は、いただけないのだけど。