君と私で、恋になるまで





「今まで、しんどいことも辛いこともあったのは知ってる。
でも、結局は真っ直ぐ勢いよく何に対しても向かっていくお前を見てるのが好きなんだけど俺は。」


今まで何回か言ったと思うけど、とやはり不服そうに言った男は軽く私の頬をつねる。

じわじわと心に届く言葉は、そのまま涙腺まで容赦無く刺激してきた。



「“営業部の枡川 ちひろ“じゃなくても、

好きに決まってるだろ。」


アホなの?そう困ったように告げて、再び抱きしめてくる男にとうとう涙が溢れ始めた。





「……企画部、挑戦してみたい気持ちもあるの。」

「うん。」

「でも私、ヘタレだから、」

「知ってる。」

「……自分もなのに。」

「ヘタレで良いじゃん。

臆病者は、どんな仕事も丁寧にやろうとするだろ。
それ絶対、好印象。
だから何処行ってもお前は大丈夫。」

「…強引すぎない?」


気怠い男の謎の理論に、私は思わず腕の中で笑ってしまった。


部長からの誘いは嬉しかったはずなのに、即答ができなかった。

営業の仕事がいつの間にか凄く大切になっていた私は、その安寧の場所に留まっていたいとも思った。

大人になればなるほどに、

踏み出す一歩は、あまりに重い気がする。




でも。


“何処行ってもお前は大丈夫“

一緒に仕事もしたこともあるこの男からの言葉は、きっとこれからの私を支えてくれる。




「央、ありがとう。」

止まらない涙を拭っていると、男は笑って、側にあったティッシュを無遠慮に押し付けてくる。

「早く泣き止んで。」

「…すいません。
そう言えば央も、明日の人事面談、悩んでるの?」

「いや、これからも変わらずデザイン部での仕事をしたいって言うつもり。」

「そっか。」

「…俺は、入社した時から大学でやってた勉強活かせるこの部署を志望してたし、他に興味も無かった。」

「うん?」

この男が重ねてきた実績は認められているし、これからもきっとデザイン部で活躍していくのだろう。

同期としても誇らしいなと頷くと、男は目元を解す。


「……でもプロジェクトで、営業とか、設計とか工務とか。色んな他部署の人と関わるとより一層デザインで協力できるのはどういうことかって考えるようになった。最初に想像してたより、仕事楽しくなった。」

「……」

「だから、俺もちひろに感謝してる。」


その言葉のせいで、また涙は量を増してしまった。

この人、泣き止ませる気あるのかな。

その様子を見て再びティッシュを押し付けてくるこの男はもはや楽しんでる気もする。

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