君と私で、恋になるまで
「早く泣き止んで。」
「……じゃあ急にそういうこと言わないでください。」
明らかな鼻声で不服を申し立てれば、男はゆるりと楽しそうに破顔した。
そして涙を拭いていた私の手を急に掴む。
「…?」
「……泣き止んでくれないと、」
__プロポーズできない。
眉を下げて、いつものロートーンボイスが告げたそれに私はすぐに反応を返せない。
それでも固まってしまった身体は、頭より先にこの男に捕らえられているみたいだった。
「……な、に…?」
「例えば、新しい配属先でどうしてもしんどくなったら、逃げても良いよ。」
「……」
「反対に、それでも頑張りたいなら、俺が支えたい。」
この男はやっぱり、
私の涙を止める気なんてきっと最初から無い。
ただただ流れていくそれに滲む視界の中の、
たった1人、愛しい人。
ちひろ、と呼ぶ声がいつもより緊張しているように聞こえるのは気のせいかな。
「お前が走りたいって思う時も、立ち止まりたくなった時も、傍に居させて欲しい。」
言いながら強い力でまた抱きすくめられて、その瞬間にひく、と喉が不思議に鳴って、男がそれに笑った。
「ちひろ。結婚、してくれる?」
最後はそんな風に尋ねてくるのは、ずるい。
負けじと央を抱きしめて、何度も頷く。
「……めっちゃ緊張した。」
私の反応を確認して、長い息と共に漏れた言葉に胸がぎゅうぎゅうと忙しく収縮している。
涙で顔が滑稽なほどにぐしゃぐしゃなのも自覚していたけど、どうしても顔を見たくなってしまった。
「…顔、赤いね。」
「うるさい。」
そして至近距離で視線を絡ませた男の、いつもと違う赤い顔を見ていると勝手に身体が動いた。
普段なら絶対自分からは出来ないのに。
掠めるくらいのものだったけど、キスをしてしまえば先ほど指摘したくせに自分も充分に顔が熱くなる感覚がある。
「(ハレンチOLを発揮してしまった…)」
慌てて俯こうとしたら、それを許さないとばかりに顎をすくうように掴まれて。
「明日、まじで此処から出社して。」
「…え。」
「あと寝不足になるのもちょっと覚悟してほしい。」
「…え!!」
焦りつつそう反応するのに、目の前でのらりくらりと告げて「ごめん」と謝罪の意が全く見えない言葉を放たれる。
そして、
ちょっと待って
そう反論しようとした言葉は、
噛みつくようなキスのせいで阻まれてしまった。