君と私で、恋になるまで


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「ごめん、お待たせ!」

「お疲れ。」

いつもの居酒屋の1番右奥の2人席。

壁側とは反対の方に座って待っていると、後ろから慌てたような声が聞こえた。

走ってきたのか、前髪が少し上がっていて思わず笑みが漏れた。


「…引継ぎ順調?」

とりあえずビールを頼んでそう問えば、

「大変だけど、梨木ちゃんも張り切って
頑張ってくれてるから負けてられない。」


ふわり笑って頷く女に簡単に胸が疼く。



ちひろは、人事面談を通して正式に企画部への配属が決まった。

異動は夏の予定だけど、もう既に引継ぎにとにかく追われている様子で、この女が抱えていた案件の多さに驚く。

ご丁寧に、既に終わった案件の取引先にまで挨拶に行ったりしていて、本当に勢いがある。


この女曰くツンデレの、オフィス移転を既に終えた△社の松奈さんのところへも挨拶に行った時。

真顔のままに「貴女にお任せしてよかったです。」と言われたらしく、その日はこの居酒屋で梅水晶を食べながら泣いていた。

食べるか泣くかどっちかにしろよ、と思いつつ愛しさから笑ってしまった俺は、もうとっくにこの女には敵わない。


飽きることなく、塩辛を食べる女をなんとなく見つめる。


企画部に配属になれば、営業の時より内勤が増える。

"オフィスで会えること、前より増えるかな。"

と嬉しそうに笑うこの女を狙う奴は社内にも多い。



プロポーズはなんとか済ませたけど、社内で俺たちのことを知っているのは、まだごく僅かだ。


…もうさっさとこいつは俺のだと、宣言してしまいたい。


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