君と私で、恋になるまで





「ちひろ。」

「ん?」

「…ちひろが意識し始めてくれた4年前の宿泊研修の時、」

「……その説明、必要?」

既に顔が赤いのは、さすがにさっき来たばかりのビールのせいでは無いとは思う。


「星、見てなかっただろ。」

「…え、央も見てなかったよね?」


当たり前だろ、俺は蚊に耐えながらお前が泣き止むことしか考えてなかったわ、とは言えずにとりあえずビールを一口飲む。



「……見に行こうか。」

「え!急にどうしたの。」

俺のらしくない突然の提案に瞳を瞬いた女は、驚きを隠せない表情のまま見つめてくる。


__"…星ならさ、俺の実家の方が綺麗に見えると思うけど。"

こいつとの距離の縮まらなさの中で、23時には居酒屋を解散する日々をなんとか一歩脱出した時、俺はそう口を滑らせた。


あの時は焦りと後悔で誤魔化すことしか考えてなかったけど、今は違う。




「…俺の実家、凄い田舎で。」

「…へ…」

「綺麗に見えると思う。知らんけど。」

「て、適当だね。」

どヘタレな俺は、
いつもこいつへ向かう気持ちを伝えるのが難儀だ。


それでも。




「…一緒に行って欲しい。」

「喜んで。」

どんなに不格好で下手くそでも、受け止めて笑ってくれるこの女を一生、大事にしていたい。


「手土産何が良いかな、ご両親の嫌いなものは!?」

「特に無いんじゃない。塩辛でいいよ。」

「言ったね…?」

本当に持っていくよ?と、俺の返答に眉を潜める女が
どうやら、愛しくてたまらないらしい。


笑う俺を結局は許してくれるちひろは、釣られて微笑んで、

「…結婚しても、歳をとっても、居酒屋行こうね。」

あまり聞いたことのない、誘い文句をくれた。



こいつが落ち込んで泣きたい時に、
もう要らないよって思わず笑えるようになるくらい。

梅水晶でも塩辛でも、まあ別になんでも良いけど。


傍で一生用意できるくらいには、頑張って働くわ。



fin.


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