君と私で、恋になるまで
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自分の家と同じくらいには、居心地の良さを実感するようになってきた、お洒落なデザイナーズマンションの一部屋。
とりあえずスーパーへ寄って、食材や飲み物を買ってはきたけれど、あまり食欲は湧かない。
「え、お前が食欲無いの?」とあのロートーンボイスで言われそうだな、と考えれば静かな空間がより寂しくなるので早々に思考を切り上げた。
お風呂だけ先にいただいて、いつもあの男と2人並んで座ることの多いソファへと腰掛ける。
1人で占領できると強がって、重力に全く逆らわない身体を寝そべるようにだらりと預けたら、座面にゆっくり沈んでいった。
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そこからどのくらい経ったのか。
優しく寄り添うみたいな重さを身体にそっと感じて、ゆっくり瞼を持ち上げたところで、寝てしまっていたのだと自覚した。
「あ、ごめん起こした。」
「……おかえり。」
「ん、ただいま。」
ゆるく笑う男が、眠りこけていた私にブランケットをかけてくれたのだと気付いて、覚醒しきらない頭のままに、とりあえず起きあがろうとする。
と、制するというにはあまりにも優しい手つきで髪をくしゃりと乱しつつ撫でられて、動きが止まった。
「…寝てていいよ。疲れてんだろ。」
「疲れてるのは央でしょ。お疲れ様でした。」
ソファの直ぐ傍にしゃがんだ男の奥二重の瞳と、寝転んだ体勢のまま必然的に近い距離で視線が絡む。
気恥ずかしさから、触り心地の良いブランケットを徐に引き上げて口元を覆った。
「自分の仕事との両立はそれなりに大変だったけど、まあ、たまには悪くないな。」
ふ、とこの1週間を振り返って綺麗に表情を緩ませた男はぽんぽんと私の頭を撫でて、「風呂入ってくる」と立ち上がろうとして。
"物理的に、離れていく。"
寝惚けて上手く働かないままの頭なら良かったのに、それを理解した瞬間、今日感じた心に巣食う影が直ぐに私を引き戻して、不安を煽られる。
そうして気付けば、瞬間的に自分より大きな骨ばった手をきゅ、と握ってしまっていた。
「ちひろ?」
「…瀬尾。」
「……なんですか桝川さん。」
どこか揶揄うように、だけどちゃんと動きを止めて、私の言葉を待つこの男への気持ちの止め方が分からない。
「…あのさ、」
「うん。」
「…こ、これからも、学生さん達とは
定期的に連絡とか、取る…?」
「…え?」
嗚呼、言ってしまった。
私はこの男のことになると、
途端に感情のコントロールが難しくなる。
それは交際の期間がどれだけ長くなっても、変わらない。
どこまでなら、踏み込んでも良いのか。
自分の中で繰り返し問いかけて、不安になって。
そういう臆病な私は、結局いつまでも存在し続けている。
嫌われたくは無い。
だけど。
"嬉しい〜〜頑張って連絡しよ…!"
"良かったね。"
"瀬尾さん本当に格好良い…"
"わかる。"
あの子達の会話を聞いて、胸がきしりと痛むくらいにはいつも余裕は無いし。
___私は、この男のことばかり好きだ。
そう思うと、絡めた指に更に力をこめてしまった。