ずっと一緒に旅をしていたオオカミが魔王だった件
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ノヴァの生まれた村は貧しかった。どれくらい貧しかったかと言うと王都からは遠く離れ国境ギリギリな上に大した名産も無く痩せた土地ではろくな農作物が育たず生活は常に困窮していた。村を治める領主は辺鄙で不便な村を嫌い税を取り立てる時以外は見向きもしない。
それを持って行かれては生きていけない。この場所で生計を立てる術を与えて欲しい。そう懇願する村長に貴族の使いは嘲るように唾を吐いた。
領主だけではない。この国の貴族は、いや、王族は自らの私腹を肥やすことだけを考え民衆を思う者などいなかった。腐りきった中枢はもういつ崩壊してもおかしくないように見えた。
だが、ノヴァが唾を吐きかけられ倒れた村長を助け起こした時だった。──魔王の軍団が現れたのだ。
青かった空があっという間に黒い雲に覆われ不気味な色の雷が光る。広場に集まっていた全員がただならぬ気配に怯え身を寄せ合う。蝙蝠よりも鷹よりも大きな影がいくつも飛び交い、土埃をあげながら降り立った。
伝承の中にしか存在しないはずのドラゴン。その上に乗った骸骨の騎士。背中に蝙蝠に似た翼を生やした紫色の肌の男。ノヴァなど一口で飲み込んでしまいそうな大きさの三つ目の怪鳥。
増え続ける異形の生き物がノヴァたちを囲む。
領主の使いの一団など恐怖のあまり腰を抜かし失禁までしている者もいた。その無様な姿に少しだけ日頃の鬱憤が晴れる。
「ひぃぃぃぃぃっ!!」
絞め殺される鶏のような悲鳴をあげる男──村長へ唾を吐いた男に紫の肌の男が近づき、頬を殴り付ける。
その一撃を皮切りに、魔物たちが領主の使いたちを痛めつけ始めた。
殴る蹴る。血が飛ぶ。欠けた歯も飛ぶ。
確かにさっきはザマァとか思ったけど君たちそろそろ止めとこうよ死んじゃうよ? ノヴァが引くくらいボコボコだった。フルボッコだった。
その気持ちが通じてしまったのか、紫肌の男の縦長の瞳孔がノヴァを捉える。
「っ!」
日々の食事も満足にとれない痩せっぽちな自分があんな魔物に殴られたら一発で死んでしまうだろう。逃げ出すこともできずにただ近づいてくる男を震えながら見つめる。
──が、その紫の手がノヴァに触れる寸前、まるで見えない壁に弾かれたように男が吹き飛んだ。
いや、何故か自ら宙返りをしながら後方に飛んで行き、わざとらしく広場の木にぶつかり派手な音を立てる。
「ちょ、マジかよー! 嬢ちゃんマジかよー!」
「──え?」
何が起きたのかと呆然とする村人たちに構わず男が当たり屋のゴロツキのように捲し立てる。
「これ折れたわー。肋骨やら肩やら腕やら5,6本折れたわー」
そう騒ぐわりにピンピンして見えるのは気のせいか。
「嬢ちゃんアレじゃね? 光の勇者とか、そーゆー系じゃね? ないわぁ焦るわぁ。これ俺たちじゃ無理だわー。王都にいる魔王様に報告しないと無理だわぁ。嬢ちゃん強いわぁ」
「──え?」
ノヴァには半分くらい理解できない言語で男が大げさに天を仰いだ。
(この人──魔族?、旅役者とか向いてるんじゃないかしら)
役者として稼ぐにはだいぶ演技力に問題はありそうだがその身ぶり手ぶりに感心する。
「ま、じゃあそーゆーことだから俺ら魔王様んとこ行くわ!」
何がそういうことなのかサッパリ理解できない人間たちを置いて、魔物の群れは再び黒い空へと飛び立った。