彼女の世界の片隅で
壊れた世界の終わり
「彼のことを教えて」そう言われたら、彼女は曖昧に微笑むことしかできない。

彼女にとって彼は偶然でも必然でも運命でも奇跡でもあったし、そのどれでもなかった。

それはつまり「恋」だったのかと結論づけられれば、彼女はそうかもしれないと思う。

けれど、彼を思うとき、彼女の中にある感情はいつだって静かで温かく、少し淋しい。それは恋と呼ぶにはひどく曖昧すぎるものだった。

結局、彼はよく分からない人だったと言うのが彼女が唯一彼について言えることである。

自分でも判別ができかねることを人に説明するのは難しい。


しかし、彼との日々を自分は誰かに話したりしないだろうから、そんなことを思い悩む必要はないだろう。

彼女はそう思い直して一人安堵する。

話せば、彼はきっと姿を変えてしまう。

そっと心の中に閉まったままにしておくのが彼への敬意の現し方だと彼女は思っている。


けれど。
けれど、彼女はこうも思う。


自分はきっといつか、彼の話をせずにはいられなくなるだろう、と。
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