泣きたい訳じゃない。
兄に借りを作る
電話を切った後、やり切れない思いが湧き上がってきた。

拓海が兄と会うことに躊躇していた。
私だって急に拓海の家族に会うとなれば、緊張はするだろうし、尻込みもするかもしれない。

でも、困ることなんてない。

だから、拓海が躊躇する理由が「兄の溺愛」だけではなく、他にあるのだと思う。

でも、私は聞けなかった。聞くのが怖かった。

拓海がバンクーバーに行ってからも、私と拓海の関係は上手くいっていると思う。
でも、それはお互いが気を遣っているからだ。

日本にいた頃のように、言いたい事を言ってしまえば、それだけで崩れてしまうかもしれないと不安だからだ。

拓海への想いは変わらないけど、本当の気持ちをぶつけられない。

遠距離は物理的にだけじゃなく、心の距離も引き離す。私は『好き』だけじゃ足りない恋愛があることを知った。

「会いたい。」

そう独りで呟いただけで、涙が溢れた。

一人で泣きたい訳じゃない。
本当は、拓海の腕に抱かれて守られながら泣きたい。
拓海と同じ朝を迎えたい。

結局、膝を抱えてこの時間が過ぎて行くのを待つしかないのだけれど。

独りの朝がやって来る。
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