泣きたい訳じゃない。
「急な話で申し訳ないが、少し考えてみてくれないか。一応言っておくけど、渋谷さんが断ったからと言って、査定に響くこともないからね。無理を承知でのお願いだから。」

私は、今の自分が好きじゃない。ロスに行くことで、何かが変えられるかもしれない。

大きく息を吸い込んだ後、直感的に答えた。

「私、行きます。」

「えっ?」

「私行きます。断る理由なんてないですし。」

拓海は日本にいないのだから、私がどこにいても同じだ。

「本当にいいの?家族に相談とかは?」

今度は、私の即答に課長が困惑している。
頼んだのは課長なのに。

「大丈夫ですよ、子供じゃないですから。私も前からロスには行ってみたかったんです。ずっとサポートさしてもらってる事業所だし。だから、後から『無しになった。』だけは止めて下さいね。」

「ありがとう。」

「出発はいつですか?」

「できれば早い方が。今週中にでも。」

勢いがある内に行ってしまいたい。
考えていても何も進まないと、私はこの数ヶ月で痛感しているのだから。

「分かりました。では、木曜日の便を押さえて、それまでに引き継ぎ書は作っておきます。」

一つだけ気になった事を質問する。

「バンクーバーのサポートも谷山さんにお願いするんですか?」

「そうだな。青柳君にも相談をするけど、ロスに行ってからは、渋谷さんも向こうに慣れるまでは大変だと思うから。」

「分かりました。」

拓海との接点は更に減ってしまうかもしれないけど、それでもこのままよりはいい気がすると、根拠もなく思った。

「渋谷さんの他の仕事は皆んなで分担してもらって、ロスのサポートは谷山君がするようにと思ってる。」

「僕も来週、北米に出張する予定だったから、向こうでの仕事での課題はその時に。帰国は未定だけど、大丈夫ですか?」

「はい、谷山さんが安心してロスに戻れるまで頑張ります。谷山さんには、いつもお世話になってますから。」

「では、今回はESTAの申請だけしておいて下さい。」

「はい、先にしておきますね。今なら、木曜日には間に合うと思いますから。」

ESTAとはビザを取らずにアメリカへ入国する時に必要になる申請だ。
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