泣きたい訳じゃない。
「それはどういう意味ですか?」

「義理の妹の元彼が、実の妹の恋人なんて、二人の妹を傷付けるような事は容認できないんだ。」

「私はお二人を傷付けるような事はしていません。」

「僕の義父である社長が、君と彩華さんの関係を知ったら、この話だってどうなるか分からない。ましてや、僕の妹とまで関係があると知ったなら、僕の立場まで悪くなるからね。婿養子の哀しい性だよ。」

「私にどうしろと?」

「心配しないで。契約書にはサインするよ。ただ、君と莉奈が本当に関係がないと言うのなら。」

俺は、机の上に置いた契約書をカバンにしまった。ここでサインをしてもらったら、それは莉奈との『別れ』を意味する。

自分の仕事のために、それを決めるのだけは、絶対にできない。俺が今、バンクーバーで頑張っている意味さえ見失うことになる。

「あれ?サインはまだしていないけど?」

「サインは次回で結構です。次は、あなたに納得していただける答えをお持ちしますから。」

高田さんが納得する答えが何かは分からないけれど。

「では、楽しみに待っていますよ。僕は青柳さんとのビジネスには、とても興味を持っていますから。」

「ありがとうございました。」

俺は高田さんに一礼をすると、部屋から出た。

オフィスに真っ直ぐ戻る気にもなれず、公園のベンチに座り込んだ。

莉奈が俺と彩華の関係を知っていた。
先週の電話で、俺は莉奈に嘘を吐いたのに莉奈は何も言わなかった。

どうして?
以前の莉奈なら、俺が言い出す前に真実を確かめるために喧嘩をしたとしても、話をしてくれただろう。

高田さんが言った通り、俺は莉奈を傷付けてしまっているんだ。

莉奈の笑顔に甘えていた自分に後悔しかない。
莉奈だけは失いたくないのに。
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