泣きたい訳じゃない。
「彩華さんから聞いた時は驚いた。でも、拓海と彩華さんの関係は過去のことだよね。」

拓海の過去に嫉妬しても仕方ない。

「彩華のことはずっと忘れてた。」

「私にだって過去がない訳じゃないけど、拓海と彩華さんの事をどう受け止めてたらいいのか分からない。」

これが私の精一杯の拓海に伝えられる気持ちだ。

「俺は嘘を吐いたんだから、莉奈には怒る権利があると思う。勝手だけど、怒って欲しかった。」

「拓海は勝手だよ。笑えって言ったり、怒れって言ったり。私は、そんなに上手く感情をコントロールできないよ。」

「彩華さんは拓海と付き合ってる時、ずっと泣いてたんだって。私は、その気持ち分かるよ。でも、きっと拓海には分からないよね。」

「何で、彩華の味方になってるの?俺にとって、莉奈と彩華は違うから。」

「私と彩華さんを比べないで。」

「ごめん。そんなつもりはなかったけど。」

「もういいよ。私達って『距離をおこう。』って言わなくても距離があるから便利だね。」

「莉奈はそうしたいの?」

「そうじゃないけど、会うこともできないし、お互いに言いたい事も言えないなら、付き合ってる意味があるのかなって。」

「それは、莉奈の本心?」

「私は拓海の邪魔にはなりたくない。」

「邪魔な訳ないだろ。」

「でも、実際、拓海とお兄ちゃんがどんな話をしたかは知らないけど、あの人が拓海を困らせるのは簡単に想像ができるの。」

拓海は黙ってしまった。
やっぱり嫌な予感ほど的中してしまうものだ。

「俺は別れるつもりはないから。週末にちゃんと話をしよう。」

拓海はそう言うと、電話を切った。

私は泣かなかった。
拓海と電話を切った後に泣かなかったのは、いつぶりだろう。

拓海と別れたいなんて思ったこともない。
ずっと一緒にいたいって思ってる。

でも、どうする事もできない現実が多過ぎて、私を混乱させる。

拓海との遠距離、彩華さんに嫉妬してしまう自分、兄と拓海のビジネス、兄と彩華さんと私の関係。

一番の問題は素直になれない私かもしれないけど。
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