泣きたい訳じゃない。
拓海の決意 @拓海
電話を切ると静けさが押し寄せてきた。

バンクーバーに到着して、まだ見慣れない部屋に違和感を覚えるけど、これが現実なのだと思い知る。

エージェントを通じて契約した部屋は、オフィスのあるダウンタウンから徒歩15分で、窓からは海が見える。

外観や景色より機能性を重視する俺が、この部屋を選んだのは、莉奈が喜びそうだったから。
誰かのために部屋を選ぶなんて初めてだった。
 
莉奈には言っていないけど、ロスに行く直前も彼女はいた。
ロスへの赴任を半年後に控えた頃に出会った、取引先のホテル経営者のお嬢様で、「ロスへ出発までの間だけでも。」と懇願されて付き合った。

俺は最初から別れるつもりだったし、取引先との今後の関係を考えて一定の距離を保ちつつ、彼女には優しく接していた。

彼女は、俺の偽善的な優しさや手を出さなかった事を「大事にされている。」と誤解して、ロスにいる俺に連絡をしてきては、「寂しい。会いたい。」と泣いた。

多少の情を持っていた俺は、彼女に泣かれると、どうしていいか判らず、別れを切り出せずにいた。
こんな事ならどんなに泣かれても、空港でハッキリしておくべきだったと後悔した。

最後は「ロスに留学する。」と言い出した彼女に、俺は慌てて別れを告げた。
< 7 / 70 >

この作品をシェア

pagetop