契約期間限定の恋。
「いらっしゃいませ、沢田様。いつもお世話になっております。営業部の横山でございますね。あちらでお掛けになってお待ちくださいませ」

 アポを確認し、ゲスト用のバッジを渡してロビーの待合スペースに案内する。内線で担当者を呼び出して入社時間を記録すればもう八割方業務は終了。あとは勝手に担当が商談スペースに案内するだけだ。
 大手企業ともなれば受付嬢がお茶くみをすることもない。前の派遣先は雑用は全て女の仕事だと押し付けてくる最低の男所帯だった。
 そこまでひっきりなしに来客があることもなければ飛び込みのセールスもない。社員は毎日顔を見るし、挨拶を交わすうちに男女問わず親しくもなった。
 一年が経つ頃には一端の受付として対応が出来るようになっていたし、人事課や派遣会社からの評価も良く、どちらかと言えば美川さんがそろそろ……と雲行きが怪しくなっている。

「この間の人事面談、キャリアチェンジを視野に入れてはどうかって勧められてさ」
「事務とか営業ですか?」
「そう。まあ簿記持ってるし、コネはあるから営業関係でもやっていけそうだけど」

 美川さんは息をするように余計な一言を言う人だ。今時そろばんを使うわけでもあるまいし、簿記の知識があったところでパソコンが使えないと即戦力にはなりませんよ。
 受付用のパソコンもろくに使えないのに経理関係出来ると思ってるんですか。
 それに営業のコネって、自社の男に媚びてるだけでは?

「三ヶ月後には契約満了ですもんね」
「そうなのよねー。寿退社が一番理想的なんだけど」

 それは分かる。
 私もあわよくば身内の結婚ブームにあやかりたいものだ。ただし残念なことに、私達には彼氏が居ない。

「受付って言っても出会いは無いし、営業部の飲み会も参加させて貰えないし、秘書課の子達も紹介しますよーなんて言ってくれるけど合コンのお誘いは来ないし」

 致命的な共通点だが決定的な違いはある。
 美川さんは席を外していて知らないだろうが、私は度々外部の取引先から帰り際に名刺を渡されるし、花形である営業推進部のエリート達と居酒屋でばったり鉢合わせて以来意気投合し、食事に誘われることもある。
 秘書課の主任からは受付の契約が切れたら転属してはどうかと持ち掛けられた。どうにも美川さんと同じ匂いを感じてプライドが高そうだったので、それは丁重にお断りしたけれど。

「また楽な受付の案件でも持ってきてもらおっかな」

 外からは見えない受付カウンターの下で、パンプスを半分脱いでつま先にぶら下げた下品な足が浮腫んでいるのを横目に、私はやってきたお客様を満面の笑顔でお迎えした。
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