契約期間限定の恋。
「じゃ、桜田さんお先にー」
「お疲れ様でした」
二名体制の受付は基本的に早番と遅番が交代だ。半月に一度二人で話し合って決めているが、この日はヨガがあるだとか、ネイルがどうのとか、ヘッドスパがなんだとか、何かと理由を付けて遅番を煙に巻く美川さんはヨレたファンデーションを更に厚くして颯爽と十七時に退社することが圧倒的に多い。
そういうところですよ、美川さん。
と、さっきよりも浮腫んだ足が踵の削れたパンプスにねじ込まれているのを見送ると、機を見計らったように一人の男性がやってくる。
「お局、今日はなんだって?」
「まつエク」
「うちの美容部員紹介するか?」
「上っ面だけ繕ったって出るところには出るのよ。無駄」
「お前、それブーメランだろ。性格の悪さが隠せてないぞ」
「存じてますよ、吉島課長」
パリッとした白いワイシャツに爽やかなブルーストライプのネクタイ、センスのいいタイピンとそこそこ値の張るブランドの腕時計。
長い足はスラックスに包まれているが、後ろ姿は引き締まっていて筋肉質であることが見て取れる。綺麗に磨かれた革靴に照明が当たっていて眩しい。
弊社の営業推進部課長、吉島浩介。
私が入社したときから何かと気に掛けては話し掛けてくれたこの人が同い年だと知ったのは、美川さんの知らない営推の飲み会の場だ。
青みがかった髪の毛は短めに整えられ前髪をワックスで遊ばせているが、その前髪が汗で濡れて目に掛かった時に放たれる色気と言ったら。
独身、イケメン、将来有望の三拍子揃ったこの男とただならぬ関係だなんてなんて知れた日には、社内の女性たちを一気に敵にまわしてしまうかもしれない。
「今日一杯どうだ」
「体で払えって?」
「そんなこと言ってないだろ」
「顔に書いてある」
「馬鹿言え、俺はポーカーフェイスだぞ」
「鏡見て出直して」
「可愛くないな」
なんて眉を上げて呆れて見せながら十九時にいつものバーで、とだけ一方的に言い残した吉島課長──浩介は途中で別部署の女性に絡まれながらエレベーターに乗り合わせて消えていった。
飲み会で意気投合し、二軒目で飲み直し、三軒目で一見さんお断りのバーに連れて行かれてなんだかそういういかがわしい空気になって以来、腐るには早いけれど腐れ縁みたいなもので、こうやって気まぐれにやって来ては約束を取り付けて去っていく勝手な男だ。
そしてそれにホイホイついて行ってしまう私の尻はなんて軽いんだろう。
「失礼致します、本日お約束を頂いて……」
「神崎様ですね、お世話になっております。お待ちしておりました。吉島でしたらすぐに参りますのでお掛けになってお待ちくださいませ」
だけど悔しいことに、びしっとジャケットを着て降りてきた男は精悍で、頼もしくて、仕事の出来る営業マンなのだった。
ロビーの女性達が色めきたち、彼を誇りに思う上長が何故か鼻を高くしている。
彼が来るまでの数分の間、神崎様が私にこっそり名刺を寄越したことは浩介にも美川さんにも黙っておこう。
「お疲れ様でした」
二名体制の受付は基本的に早番と遅番が交代だ。半月に一度二人で話し合って決めているが、この日はヨガがあるだとか、ネイルがどうのとか、ヘッドスパがなんだとか、何かと理由を付けて遅番を煙に巻く美川さんはヨレたファンデーションを更に厚くして颯爽と十七時に退社することが圧倒的に多い。
そういうところですよ、美川さん。
と、さっきよりも浮腫んだ足が踵の削れたパンプスにねじ込まれているのを見送ると、機を見計らったように一人の男性がやってくる。
「お局、今日はなんだって?」
「まつエク」
「うちの美容部員紹介するか?」
「上っ面だけ繕ったって出るところには出るのよ。無駄」
「お前、それブーメランだろ。性格の悪さが隠せてないぞ」
「存じてますよ、吉島課長」
パリッとした白いワイシャツに爽やかなブルーストライプのネクタイ、センスのいいタイピンとそこそこ値の張るブランドの腕時計。
長い足はスラックスに包まれているが、後ろ姿は引き締まっていて筋肉質であることが見て取れる。綺麗に磨かれた革靴に照明が当たっていて眩しい。
弊社の営業推進部課長、吉島浩介。
私が入社したときから何かと気に掛けては話し掛けてくれたこの人が同い年だと知ったのは、美川さんの知らない営推の飲み会の場だ。
青みがかった髪の毛は短めに整えられ前髪をワックスで遊ばせているが、その前髪が汗で濡れて目に掛かった時に放たれる色気と言ったら。
独身、イケメン、将来有望の三拍子揃ったこの男とただならぬ関係だなんてなんて知れた日には、社内の女性たちを一気に敵にまわしてしまうかもしれない。
「今日一杯どうだ」
「体で払えって?」
「そんなこと言ってないだろ」
「顔に書いてある」
「馬鹿言え、俺はポーカーフェイスだぞ」
「鏡見て出直して」
「可愛くないな」
なんて眉を上げて呆れて見せながら十九時にいつものバーで、とだけ一方的に言い残した吉島課長──浩介は途中で別部署の女性に絡まれながらエレベーターに乗り合わせて消えていった。
飲み会で意気投合し、二軒目で飲み直し、三軒目で一見さんお断りのバーに連れて行かれてなんだかそういういかがわしい空気になって以来、腐るには早いけれど腐れ縁みたいなもので、こうやって気まぐれにやって来ては約束を取り付けて去っていく勝手な男だ。
そしてそれにホイホイついて行ってしまう私の尻はなんて軽いんだろう。
「失礼致します、本日お約束を頂いて……」
「神崎様ですね、お世話になっております。お待ちしておりました。吉島でしたらすぐに参りますのでお掛けになってお待ちくださいませ」
だけど悔しいことに、びしっとジャケットを着て降りてきた男は精悍で、頼もしくて、仕事の出来る営業マンなのだった。
ロビーの女性達が色めきたち、彼を誇りに思う上長が何故か鼻を高くしている。
彼が来るまでの数分の間、神崎様が私にこっそり名刺を寄越したことは浩介にも美川さんにも黙っておこう。