契約期間限定の恋。
 深く沈んだ意識の中をスマホの着信音が引っ掻き回す。
 手探りでうるさい板切れを枕の下から引っこ抜いて通話ボタンを押そうとしたところで手首を掴まれた。

「俺の」
「ごめん」

 スマホ同じなんだ、いつか取り違えそうだな。
 なんて笑っていたけれど結構シャレにならないので、近いうちに機種変更をしようと決めている。

(ひさしぶりに夢に見たかも……)

 出会った時の爽やかな笑顔が脳裏に焼き付いていたが、理性を欠いた余裕のない昨夜の顔を思い出すと下腹部が熱くなる。
 シーツが情熱を物語るように乱れていた。
 朝の処理は手伝わなくてよろしいですか?なんて冗談を飛ばせる様子はない。

(溜まってたのかな、ゴム何個開けたっけ……)

 事務的な口調で電話に応対しながら出勤の支度を整える浩介は、勝手知ったる動作で人のクローゼットから昨日と違うワイシャツとネクタイを取り出す。
 引き締まった背中に残された私の爪痕が赤く腫れているのを眺めていたら、パリッと糊の効いたシャツに遮られてしまった。
 私もベッドを抜け出し、ランジェリー一枚というあられも無い姿のまま食パンを二枚トースターに突っ込んで顔を洗う。
 付け合わせにサラダだの卵だの拵えるほど献身的な女ではないので、コーヒーを入れてバターを置き、賞味期限が近いヨーグルトを出してやった。

「じゃあ、俺は先に行くから」
「はいはい、また後程。吉島課長さん」

 慌ただしく部屋を出ていく浩介を見送り、自分ものんびり身支度を整える。
 今日も今日とて私は遅番だ。
 昨日はブルーのアイシャドウだったから今日はピンク。ブラウンのラインを控えめに、かつ目尻を跳ねさせるように引いて、妥当まつエク美川と言わんばかりにまつ毛をばっちり上げた。
 しばらくスカートだったから、久しぶりにパンツにしよう。カットソーにジャケットを合わせて、お気に入りのパンプスを引っ掛けた。
 ふしだらな香りが残る部屋とは真逆に爽やかな朝日が、一日の始まりを告げている。
< 8 / 10 >

この作品をシェア

pagetop