契約期間限定の恋。
「おはようございます」
「おはよー」

 いかにもバリキャリでキメてきたOLから野暮ったいベストスカートに着替えて一階に降りる。
 美川さんは今日もパサパサの髪をぐりぐりに巻いて、べったりしたリップを乗せていた。
 早く契約満了で去ってくれないかなぁ……
 後任の面談には立ち会ってもいいと言われているので、同じ世代で同じ系統で、華のある派遣を選びたいと密かに思っている。
 だけどたまにこの人を見ていると、未来の自分のようだなとも思う。
 このままのらりくらり、三十を越えても派遣生活で、肌も髪も曲がり始めて、女盛りが過ぎても結婚の予定も立たず、張りとツヤが失われるばかりで。
 浩介とはどうなっているんだろう。
 このままだらしない関係が続いているのか、良くも悪くもけじめがついているのか。
 
「いらっしゃいませ」

 美川さんのワントーン高い声で現実に引き戻される。
 さっぱりしたショートヘアと真っ白なパンツが溌剌とした印象を与える美人が、ネイルで整えられた指先で名刺を出していた。
 記された見覚えのある名前にドキリと鼓動が鳴って、確かめるように手元を辿り顔を見る。 

「本日営業推進部の吉島様とお約束を頂いております、嵯峨野と申し」
「千紗!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまったことで一瞬辺りの視線を浴びる。口を押さえて失礼致しましたと頭を下げたところで、彼女は私の姿を認めて目を丸くした。

「え、雪乃?やだ、びっくりしたぁ」

 嵯峨野千紗。
 スポーティな見た目とは裏腹に、ちょっとだけまったりした話し方と仕草が学生の頃から変わらない。
 私と同じ時間を同じように遊び呆けて過ごし、今が楽しければそれでいいよねと笑い合っていた彼女は、私と違って教員資格まで取得し、新卒で大手広告代理店に就職した勝ち組だ。
 要領が良くて、優しくて、私の自慢の友達で、大嫌いな裏切り者である。
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