訳アリなの、ごめんなさい
明日には妃殿下が到着する。

忙しくなるだろう。
流石に今日くらいは、ノードルフ邸に戻ろうかと、王太子宮を出て帰路に着くことにした。


「おや、アリシア嬢ではないですか?」

部屋を出て回廊をエントランスに向かっていると、丁度同じように帰路に着こうとしている騎士の制服に身を包んだ2人の男性と行き合った。

一人は昼間に会ったばかりのブラッド、そして

「えっと、殿下の騎士の」

声をかけてきたのは、いつも殿下の後ろにブラッドと共に控えている事が多い、赤に近い金髪の涼しい雰囲気の男性で。

「ヴィンセント・ラッシュバルトです。お見知り置きをレディ」

私の手を取ると、優雅に紳士らしく口付ける。


その動きは間違いなく貴族の男性そのものの仕草で。

ラッシュバルト、どこかで聞いた名前だわ。

頭の中で記憶にある家名を整理する。

たしか


「ミントラスト伯爵家の御子息?」

首をひねると、彼がニコリと懐っこい笑顔をみせる。

「流石、才女でいらっしゃる。まぁ、私は三男坊なんですけどね!」

パチンとウインクをされて、若干たじろぐ。

都会の貴族の子息は気安いと聞くけど、やはりそうなのだろうか。

「お帰りですか?確かウェルシモンズ伯爵邸は、、、」


「あ、いえ。今は叔母の嫁ぎ先のノードルフ侯爵邸でお世話になっておりますの」

慌てて答える。ウェルシモンズ邸とノードルフ侯爵邸はこの宮殿を挟んで真逆の方向になる。

言われた彼は特に拘った様子もなく微笑む。

「あら、そうなんだ。ノードルフ侯爵邸はたしか」

「ここから歩いて西にすぐなので」


「あぁ、なら丁度いいじゃないか。お前のとこも西だったよな!まだ明るいとはいえ、レディ1人じゃなんだから送って差し上げろよ!」

そう言ってブラッドの背中を叩くと、ぐいぐいと押し出してきた。


「は?な!?」

当のブラッドは困惑するように彼を睨むが、「幼馴染なんだろう。ここで合ってレディを一人で返すのか?」と当然のように言われて、諦めたように息を吐いた。

「馬車は?」

渋々と言った様子に申し訳ないと思いながら、肩を竦める。

「近すぎて使うのも悪いくらいで」


ノードルフ邸の侍従達は、そんな事はないと言ってくれるが、やはり人の家の使用人である。気軽には使いづらい。



「なら、急ごう。日が長いとはいえすぐに暗くなるぞ」

そう言って、ひょいと私が手にしていた荷物を持ってくれると


「行こう。」

ぶっきらぼうにそう言って、手を差し出してきた。






「なぜ実家のウェルシモンズ邸でなくてノードルフ侯爵邸なんだ?」

2人で肩を並べて歩いていると、ブラッドが少し緊張しながら聞いてくる。

まぁ、そういう疑問は誰しもがもつだろう。



時間は丁度、多くの人が仕事を終えた時間帯で。私たちの横を行き交う馬車は少し混雑していた。

「えっと、王太子宮から近いから叔母様のご好意で」

予測できていた質問だったので、なんでもないように笑って答える。


「妃殿下の世話役もノードルフ卿からの紹介だと聞いた。まさか実家を追い出されたわけではないよな?」

訝しげに言われて、グッと喉の奥が詰まる。


「うちの、状況はもちろん知ってるでしょう?」

自嘲して彼を見れば、彼は神妙な顔で頷く。

元婚約者とはいえ、彼の実家であるストラッド伯爵領と私の実家であるウェルシモンズ伯爵領は隣同士だ。話に聞いていないはずは、まぁないだろう。

「まぁそう言う事なのよ!」

投げやりに言えば彼が眉間にシワを寄せる。


「だったらなぜ!?」

少し強めの口調で言われて、私はキョトンと彼を見上げる。



「なぜ、、」

もう一度言った彼の表情は、どこか悲しげで、しばらく、何かを考え込み、首を振る。

「いや、いい。昔の事だ」

何かを納得するようにそう言って、また前を向いて歩き始めた。

彼が何を言いかけたのかは分からないけど、なんとなくそれは、私にとっては触れてもらいたくない部分である気がして

気づかないフリをして、同じように前を向いて歩いた。


そんな気まずい雰囲気の中、幸いにもノードルフ侯爵邸にはすぐに到着した。

「送ってくださってありがとうございました」

門前で丁寧に礼を言うと、彼は「いや」と首を振る。


「慣れない王都での生活は、大変だろう。うちは、ここの通りを少し行ったところだ、何か困った事があったら、遠慮なく頼ってくれ」

そう言って、今来た通りのさらに先を指す。

この辺りは、貴族の王都滞在のための別邸がたちならぶ、いわば高級住宅街なのだ。

彼が所有する邸宅もこの辺りにあるのだろう。

「ありがとうでも、ダメよ!そんなの!
昔の婚約者なんて尋ねたらよくないわ」

小さく首を振る。


通常騎士は専用の寄宿舎があるはずだ。自宅に帰るものは、家庭があるものがほとんどである事くらい田舎育ちの私でも知っている。

つまり彼が自邸に戻ると言う事は。


「構わないさ。
ティナもいるんだ、お前に会えたらきっと喜ぶ」

ティナとは、彼の乳母だ。昔から彼の婚約者という事でよくしてもらった。

懐かしい名前につい頬が緩む。

「懐かしいわね。会いたいけど、それでは奥様に失礼だから」

そんな無粋な事は出来るはずもないだろうと。

努めて笑顔を崩さないようにして、怪訝な顔をする彼にもう一度礼を言うと、足早に門を離れた。
< 10 / 116 >

この作品をシェア

pagetop