訳アリなの、ごめんなさい
衝撃的な言葉に内心飛び上がりたい気分なのを抑えて私はニコリと微笑む。
「どうしてですの?」
いまだかつて、あれほど人当たりもよく、統率に優れ文句のつけようもない王太子殿下をここまで言う者を私は知らない。
それが彼が望んで待ちに待った妃の口から出たことが、なんとも皮肉な話だ。
「驚かないの?」
眉を寄せた彼女が、意外とでもいいたげに私をみる。
「先を聞いてみないとなんとも」
困ったように言うと、彼女は少し拍子抜けしたように息を吐いた。
「私には、祖国に心を通わせた婚約者がおりました。ずっとその方と添い遂げると、思っていたのです。実は結婚も今月に予定してました」
うわっ
貼り付けた笑顔の裏で、胸の中がサァーッと冷えていくのが分かった。
予想以上にヘビーだ
しかしここで取り乱すわけにもいかなくて、
「まぁ!」と驚いたように口元に手を当てる。
実際驚いたのは間違いないのだ
「ですがある日突如として、国王陛下のお名でわたしを王太子殿下の妻にと勅使が参りまして。何が何やら解らぬ間に、わたしと彼は引き離され、私の知らぬところで嫁入りの話が進みました。
私はあのまま彼と一緒にいたかった。どんな男かも解らぬ外国の王太子のところになど行きたくは無かったのです。ですが我が国はここ数代で国としての求心力を失っております。周囲の大国にいつ飲み込まれるか。そんな折の大国からの婚姻の話です。王族に生まれたからにはその義務を果たさねばならぬと思い、こうして嫁いでまいりましたが、、、」
ただ静かにうなずく、正直それしかできない。
昨今の彼の国の状況であれば、いたしかたない選択であろう。
十中八九誰が聞いても、この結婚は、彼の国に莫大な利益をもたらすだろう。
これで彼女が王妃になり世継ぎを生めば、向こう100年は彼の国は安泰だ。
「ですが私はどうしても、強引に事を進めた殿下を許せずにおりました。どんな傲慢で卑屈な奴だろうと」
うーん、とこの場で思うまま頭を抱えられたらどれだけいいのだろうか。
確かに、確かにだ。
こちら側からしてみれば、なかなか嫁を取らなかったモテ男の王太子が、運命的に一目惚れして、その姫を手に入れるため奔走した美談であったのだ。
しかし、彼女側からすると、自分と恋人を権力を振りかざして力ずくて引き裂いた、卑怯者なのである。
目眩を感じる。
しかし、こんな所で倒れているわけにもいかない。
逃げ出したい気持ちを抑えて、勤めて冷静に訳知り顔で頷く。
「それで浮かない顔をなさっておいでだったのですね」
私の言葉に、彼女がハッと顔をあげる。
「もしかして、出ていましたか?」
その不安そうな顔に、慌てて首を振る。
彼女が王太子殿下に接する際にはそんな様子は微塵も感じられなかった。
いまこの話を聞いていなければ、そんな事気にもならなかったに違いない。
流石と言うべきか、、、。
「時折、お顔が沈んでおりましたので、お疲れなのか、もしくは何か憂いがおありとは思っておりましたが」
まさかここまでやばい状況とは思っていなかった。
正直、とんでもないことに巻き込まれた気分だ。
だが、ひとつだけ、
もしかしたら、、、救いがある、ような気がする。
それ次第では、、、
ゴクリと唾を飲み、意を決する。
「実際に殿下にお会いしてどうですか?」
私の問いに、彼女はハッと息を詰めた。
それだけでなんとなく、自分の感触が間違っていなかったのだと理解して、ほっと胸を撫で下ろす。
「何というか、拍子抜けしたのが本音です。先程も言ったように傲慢で卑屈な方かと思いましたのに。どこか無邪気で、お優しくて紳士的なので」
結局その無邪気さがこの問題を引き起こしたのだが、、と恨めしく思う反面、それでも、彼女が当初の印象より良い感触をもってくれていたことに救いが見えた。
安堵のせいか、自然と笑みが浮かぶ。
「お感じの通り、国民や臣下からも慕われた。お優しい殿下です。決して姫様が最初に思われたような横暴な方ではございませんわ」
「それは、、なんとなく理解ができました。ですが私の中でどうしても気持ちが混乱してしまって」
俯く彼女の手にそっと触れる。
どうやら彼女は混乱していたらしい。それで唐突に私を呼び止めたのだろう。
「大丈夫です。今日初めて来られたばかりですもの当然ですわ。
まだお怒りの気持ちも、嫌悪感も持たれたるのもわかります。少しずつ私たちの王太子殿下を知っていってくだされば良いのですから。」
ほっとしたように妃殿下がこちらを見る。
そのブルーの瞳には薄らと涙が浮かんでいる。
決して怒りのまま王太子殿下を拒絶するために嫁いで来たわけではないのだ。
嫁ぐからにはそれなりに、きちんとお役目を果たそうとなさっている。しかしまだ、感情がうまく追いつかない、そんなところであろう。
「最愛の方とお別れしてまで、このような見知らぬ他国にお越しくださり、いち国民として御礼申し上げます。」
重ねた手が、キュッと握り返される。
「できうる限り、おそばで姫様のお気持ちをお支えしてまいりますから、お辛い時はおっしゃってくださいませ。」
「どうしてですの?」
いまだかつて、あれほど人当たりもよく、統率に優れ文句のつけようもない王太子殿下をここまで言う者を私は知らない。
それが彼が望んで待ちに待った妃の口から出たことが、なんとも皮肉な話だ。
「驚かないの?」
眉を寄せた彼女が、意外とでもいいたげに私をみる。
「先を聞いてみないとなんとも」
困ったように言うと、彼女は少し拍子抜けしたように息を吐いた。
「私には、祖国に心を通わせた婚約者がおりました。ずっとその方と添い遂げると、思っていたのです。実は結婚も今月に予定してました」
うわっ
貼り付けた笑顔の裏で、胸の中がサァーッと冷えていくのが分かった。
予想以上にヘビーだ
しかしここで取り乱すわけにもいかなくて、
「まぁ!」と驚いたように口元に手を当てる。
実際驚いたのは間違いないのだ
「ですがある日突如として、国王陛下のお名でわたしを王太子殿下の妻にと勅使が参りまして。何が何やら解らぬ間に、わたしと彼は引き離され、私の知らぬところで嫁入りの話が進みました。
私はあのまま彼と一緒にいたかった。どんな男かも解らぬ外国の王太子のところになど行きたくは無かったのです。ですが我が国はここ数代で国としての求心力を失っております。周囲の大国にいつ飲み込まれるか。そんな折の大国からの婚姻の話です。王族に生まれたからにはその義務を果たさねばならぬと思い、こうして嫁いでまいりましたが、、、」
ただ静かにうなずく、正直それしかできない。
昨今の彼の国の状況であれば、いたしかたない選択であろう。
十中八九誰が聞いても、この結婚は、彼の国に莫大な利益をもたらすだろう。
これで彼女が王妃になり世継ぎを生めば、向こう100年は彼の国は安泰だ。
「ですが私はどうしても、強引に事を進めた殿下を許せずにおりました。どんな傲慢で卑屈な奴だろうと」
うーん、とこの場で思うまま頭を抱えられたらどれだけいいのだろうか。
確かに、確かにだ。
こちら側からしてみれば、なかなか嫁を取らなかったモテ男の王太子が、運命的に一目惚れして、その姫を手に入れるため奔走した美談であったのだ。
しかし、彼女側からすると、自分と恋人を権力を振りかざして力ずくて引き裂いた、卑怯者なのである。
目眩を感じる。
しかし、こんな所で倒れているわけにもいかない。
逃げ出したい気持ちを抑えて、勤めて冷静に訳知り顔で頷く。
「それで浮かない顔をなさっておいでだったのですね」
私の言葉に、彼女がハッと顔をあげる。
「もしかして、出ていましたか?」
その不安そうな顔に、慌てて首を振る。
彼女が王太子殿下に接する際にはそんな様子は微塵も感じられなかった。
いまこの話を聞いていなければ、そんな事気にもならなかったに違いない。
流石と言うべきか、、、。
「時折、お顔が沈んでおりましたので、お疲れなのか、もしくは何か憂いがおありとは思っておりましたが」
まさかここまでやばい状況とは思っていなかった。
正直、とんでもないことに巻き込まれた気分だ。
だが、ひとつだけ、
もしかしたら、、、救いがある、ような気がする。
それ次第では、、、
ゴクリと唾を飲み、意を決する。
「実際に殿下にお会いしてどうですか?」
私の問いに、彼女はハッと息を詰めた。
それだけでなんとなく、自分の感触が間違っていなかったのだと理解して、ほっと胸を撫で下ろす。
「何というか、拍子抜けしたのが本音です。先程も言ったように傲慢で卑屈な方かと思いましたのに。どこか無邪気で、お優しくて紳士的なので」
結局その無邪気さがこの問題を引き起こしたのだが、、と恨めしく思う反面、それでも、彼女が当初の印象より良い感触をもってくれていたことに救いが見えた。
安堵のせいか、自然と笑みが浮かぶ。
「お感じの通り、国民や臣下からも慕われた。お優しい殿下です。決して姫様が最初に思われたような横暴な方ではございませんわ」
「それは、、なんとなく理解ができました。ですが私の中でどうしても気持ちが混乱してしまって」
俯く彼女の手にそっと触れる。
どうやら彼女は混乱していたらしい。それで唐突に私を呼び止めたのだろう。
「大丈夫です。今日初めて来られたばかりですもの当然ですわ。
まだお怒りの気持ちも、嫌悪感も持たれたるのもわかります。少しずつ私たちの王太子殿下を知っていってくだされば良いのですから。」
ほっとしたように妃殿下がこちらを見る。
そのブルーの瞳には薄らと涙が浮かんでいる。
決して怒りのまま王太子殿下を拒絶するために嫁いで来たわけではないのだ。
嫁ぐからにはそれなりに、きちんとお役目を果たそうとなさっている。しかしまだ、感情がうまく追いつかない、そんなところであろう。
「最愛の方とお別れしてまで、このような見知らぬ他国にお越しくださり、いち国民として御礼申し上げます。」
重ねた手が、キュッと握り返される。
「できうる限り、おそばで姫様のお気持ちをお支えしてまいりますから、お辛い時はおっしゃってくださいませ。」