訳アリなの、ごめんなさい
「アーシャ」

不安そうに名を呼ばれて、その今にも折れてしまいそうなしなやかな手を包む。


「ご安心くださいませ。私はお隣の部屋に控えております。お呼びいただけばすぐに参りますから」

見上げたブルーの瞳は今にも泣き出しそうだ。

無理もない。いまから好きでもない、むしろ恨んでいる男に義務で抱かれるのだ


想像しただけで、こちらの気分も沈む。


新婚初夜に夫婦が肌を重ねるのは、王族である以上暗黙の了解で、義務なのである。
愛し合っていることは二の次であり、行為が完遂されることが全てなのだ。

彼女もそれをよく分かっているからこそ、浮かない顔をしながらも、こうしてガウンを羽織り、大人しく寝台に座っているのだ。



「殿下はお優しい方です。決して怖い思いをさせるようなことはないと思います。我慢せず素直に痛い時は痛いとお伝えしてよいのですよ」

ユーリーンが脇のテーブルに2人分の水を乗せた盆を置きながら、慰めるように言う。

その生々しい話に、私たち2人は顔を見合わせる。

彼女は既婚者で子もいる。経験者からの忌憚のないアドバイスであるが、それは今の彼女には、少し酷だ。


そろそろ、とユーリーンに言われて、名残惜しげに手を離すセルーナ妃を残して、私は後ろ髪引かれる思いで退室した。

妃殿下の部屋の前には前室があり、王太子殿下の来訪の際には、そこに護衛である騎士が待機するのだ。
今日はセルーナの希望でそこに自分も詰めることにしたのだ。

ひとつ懸念するのは、、、。


前室の扉が叩かれる。

立ち上がると、ローブを纏った殿下が入室してくる。


私の姿を認めると、少し悲しげに眉を下げて、そのまま部屋へ入っていく。

そしてその後に着いて入室してきた騎士、ブラッドとヴィンは前室に留まった。


しばらく3人で、静かに殿下の消えた扉を見つめる。

「お茶でもお持ちいたしましょうか?」

気を利かせたユーリーンが声をかけてくれる。

「お願いするわ」
小さく微笑んで、もともと座っていた1人がけのソファに腰掛ける。


女性の自分が先に座らなければ、騎士である彼らは座れない。

視線でお座りになったら?と2人を促して、もう一度、王太子殿下の消えた扉に視線を向け、目を伏せた。
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