訳アリなの、ごめんなさい
「朝帰りだったんだって?」

‪朝方宿舎に戻って一度仮眠をとったら目が覚めたのは正午を目前とした頃‬だった。

準備をしているとヴィンがやってくる。

耳が早いことにうんざりしながら

「あぁ」と短く肯定した。

彼は前室で殿下が人払いをした直後に交代要員と交代して先に帰宅したらしかったので、知られてはいないと思ったのだが、、、。



「どこにいたんだ?は愚問だろうな?」

ニタニタ笑っているところを見ると、殿下の関係で朝帰りになったのではないことだけは、どこかで情報を得ているらしい。


「お前の期待しているようなことは起こっていない。
彼女も疲れていたんだ、倒れたから部屋に運んで介抱していただけだ。」

それだけ端的に伝えると、彼は何故だか少しがっかりしたような顔をした。
(大きなお世話なのだが)

「貴族の令嬢にはなかなかのハードワークだもんなぁ。疲れてもおかしくないよなぁ。で大丈夫なのか?」

「多分な」

朝方見た寝顔は、穏やかで落ち着いていた。
顔色も悪くなかった。

そして、不意に思い出した。

ヴィンに何もないとは言ったものの、、、。

つい、深く眠りについている彼女に昔のように触れたくなって、触れているうちに、様々な事を考えてしまった。

どうやら自分と彼女は相互に婚約破棄をされたと思っているらしいこと。

もしそれがなければ彼女は今頃妻として側にいてくれたのではないか

この透き通るような肌も。艶やかなハチミツ色の髪も、伏せられた長い睫毛も、柔らかそうな唇も、全て自分のものだったのではないだろうか。

そう思ったらむくむくと、自分の中で独占欲が首をもたげてきた
 
そうは言っても、やはり今は婚約者でもなんでもなくて、手を出すなんてもってのほかだという思いと、

やはり彼女に触れたいという思いが交錯して、、、結局負けた。

侍女がいない事を確認して、素早く口付けると逃げるように退室してきたのだ。

情けない。

どんなきつい訓練もクリアして、激戦の戦場にも耐えることができたのに

昔からこと、アーシャについては自分は堪え性がないと反省せざるを得ない。


はぁっと息を吐く。そこでヴィンを置き去りにしていた事を思い出す。

自分の感情を読むのが上手い奴だ、さぞ楽しそうに眺めているだろうと思いきや、彼の表情は思いの外真剣だった。


「それにしても、お前たちはなんで婚約を破棄したんだ?仲だって悪くないし、双方にいい相手が出来たわけでもなさそうなのに」


心底不思議そうなその言葉に、俺が知りたいよと思いつつ、彼の見解も聞いてみてもいいかもしれないなと思い至る。

「それなんだが、俺にもわからないんだ」
そう言って掻い摘んで話をすると

「どういうことだ?」

やはり彼も意味がわからないというように首を傾げる。



「わからん、どこかで、なんらかのすれ違いが起こったとしか」

「なんでそんなことが起こるんだよ?婚約破棄なんて簡単なことではないぞ!?」

何かがおかしい、と彼が訴えるので俺も分かっていると頷く。


「アリシア嬢とすり合わせるべきじゃないのか?」

「あぁ、そうなんだ。しかしそれをしようとした矢先、彼女が倒れた。」


「なるほど。」

それで朝帰りと彼が呟くので、いい加減放っておけ!と思いながらも「そうだ」と呟く。


「だが不可解だよなぁ」
しばらく考え込んでいたヴィンは「なぁ」とこちらを伺うように見る。

「彼女の家庭環境に関係はないのか?
婚約の破棄はお父上が亡くなってすぐだったのだろう?」

「たしかに考えたさ、だが彼らにしてみれば、彼女が結婚した方が好都合だろう?」

「たしかに、まぁそうだよなぁ。じゃあお前の家は?」

「うちは彼女を大歓迎だったんだ。母も兄達も昔から彼女を娘や妹のように可愛がっていたし、父も彼女の父上とは古くからの親友だ。彼女の父上が亡くなった時、喪が明けたらすぐにでも彼女との結婚をすすめようと言い出したくらいだ。」

あの時自分が、士官学校を卒業することに拘らず父の勢いに乗って仕舞えばよかったと後に何度も後悔したのだ。



2人で唸る。


「とにかく、俺は今から彼女の様子を見に行こうと思っている。もうしばらくすると妃殿下の準備に着くだろうし」


そう言って襟元を閉めて、腰を上げる。

「え、まじ?だからもうそんな格好してたのか!
ちょいまって!
おれもすぐ行くから!」

慌てたようにヴィンが腰を浮かせた。
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