訳アリなの、ごめんなさい
王太子宮に着くと、まず王太子の執務室に顔を出すも、彼は今、妃殿下を訪ねているらしく不在で、そうであるならアリシアは部屋にいるだろうと彼女の部屋へ向かった。
彼女の部屋へ向かう道すがら、広間のバルコニーで座り込む2人の女性の姿が目に留まる。

少し近づけばそれがアリシアだと気づいて、そしてそれがただならぬ様子である事に気づき、自然と歩調が速くなる。

「アーシャ!!」
公の場に関わらず、つい昔の呼び名を叫んで近づくと、彼女に付き添っていいた侍女に静かにしろと叱られた。

同時に彼女のからだがズルリと壁から滑ったので、慌ててその背を支えた。

背を支えて伝わる彼女の呼吸音でまた発作を起こしたのだと、すぐに分かった。

「何があった?」

侍女に聞くと、彼女もわけがわからず戸惑っているように首を振る。

「分かりません!ただ、お嬢様に来客があると連絡があり、自らお迎えに出てきたのですが、バルコニーからお客人を確認した途端にお倒れになり、逃げるようにこちらまで、、、」


「客?」
ヴィンの問いに、彼女は「はい」と頷く。

「お身内の方とか。お嬢さまは叔母上だと。」

「叔母上だと?」

そう言えば、彼女の身元の引受先になっていたノードルフ卿の妻が彼女の叔母であると、以前に聞いた気がする。
今夜の王太子夫妻の祝賀のために行われる舞踏会には、国中から貴族達が参加する事になっている。そのために公爵夫人である彼女の叔母が王都に来ていて、訪ねてきてもおかしくは無い。
自分も幼い頃に何度か顔を合わせたことがある。アリシアと同じ髪色をした気さくなご婦人だったと思うのだが、、、。

「ヴィン少し、頼む」

ヴィンにアリシアの背を支える役を任せて、ゆっくりとバルコニーにしつらえた飾りの間から階下を覗き込む。

そして、すぐに体を戻した。

そこにいたのは彼女の叔母ではなかった。

一度だけ、見たことのある、あの特徴的な赤毛。

顔は見えなかったが、シルエットや頬の線から間違いないだろう。



すぐさまアリシアのもとに戻って、ヴィンと変わる。

彼女の呼吸は相変わらず浅くて早く。なぜか右手をかばうように合わされ、ぶるぶると震えている。

「彼女の兄だ。」

吐き捨てるように言うと、それだけでヴィンが何かを悟ったように頷く。

「お帰りいただいたほうがよさそうだな。」

「あぁ」

低い声で端的に意思疎通を図る。

「お前は顔見知りだろう?変な角がつくといけねぇから、俺が行くよ」

「すまんな」

「早く部屋にお連れしたほうがいい」

そう言って、いち早く立ち上がるヴィンの背中に

「頼む」

と投げかけて、アリシアの震える膝裏に手を入れて立ち上がる。

「大丈夫だ、すぐ離れる。ヴィンがお帰りいただくよう説得するから安心しろ」

耳元で言ってやると、小刻みに震えるなかに小さく彼女がうなずいたのが分かった。




とりあえず他の者の目もあるため、足早に彼女を部屋に運んだ。

部屋の中は昨晩も彼女を運んでいるため勝手知った状態だ。

「水を用意してくれ!水差しに入れて」

「はい」

彼女をベッドに降し、侍女に指示を出すと侍女はバタバタと部屋を出ていった。

ベッドに降ろした彼女はシーツにしがみつきながら、尚もはぁはぁと苦し気に息をしている。

変えたての白いシーツに彼女の涙が吸い込まれていくのが痛々しい。

「もう大丈夫だ」

背中をゆっくり撫でてやる。
ふと彼女が荒い呼吸の中で何かをつぶやいているのが聞こえて耳を近づける。

「ご、、めん、なさい、、、、も、、ゆ、、て」

ごめんなさい、もうゆるして

歯の根が合わない中で、ようやく聞こえたのは謝罪の言葉。

なぜ?

もう一度アリシアを見れば、どこか宙を見つめ、あえぎながら震え、何かに謝罪をしている。

移動してきたにも関わらず、落ち着いてくる兆しがない。
おそらく昨夜より発作はひどいのではないか。

どうしたらいいのだろうか。
周囲を見渡すが、当然ながら助けになるような物は見当たらない。 

こういう時こそ落ち付かなければと、ゆっくり息を吐く。自分はその訓練を受けているはずだ。

少し頭が冷えると、ふと昨夜、彼女が言っていた言葉を思い出すことができた。


呼吸を、整える

息を、、、

ひとつ方法を思いついた、、、だが、、、。

目の前のアリシアは、相変わらず苦しそうに喘いでいる。
額には汗が浮いて、震えていて

こんな苦しむ彼女を見ていられない。

腹を決めた。


「アーシャ、すまない少し手荒くする」

彼女の頭を優しく撫でると、瞳に涙をためて、彼女がわずかに瞬いた。

シーツをつかむ両手を引きはがし、強引に彼女の身体を仰向けにする。

片足をベッドに乗せて彼女に覆いかぶさると、組み敷いた細い体に、自身の体重を軽くかけ圧迫するように、縫い留めると、
呼吸をするために開かれた口に強引に己の唇を重ねた。
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