訳アリなの、ごめんなさい
舞踏会はつつがなく終了し、招待客達の帰宅を待って、馬車で王太子宮に戻った。


帰宅の道すがら、向かいに座る妃殿下を伺い見れば、やはり少し疲れている様子が見て取れた。

話しかけられたご婦人方の名を聞き取り、整理していると

「あなたも出ればよかったのに~」
そう口を尖らせて言われたので、私は少し頬を緩めておどけたように肩をすくめる。

「主役の周りをドレスの女がウロウロしていたのでは、見苦しゅうございますから。次回はご一緒させていただきますわ」

「約束よ!」

妃殿下が先程より少しリラックスしたように笑ったので「はい。お約束します」と重ねた。

しばらく室内にガラガラと馬車の車輪の音だけが響いた。


ふと、何かに吸い寄せられるように窓の外に視線を移して

あら?っと首を傾げる。

道の脇に、貴族の馬車が止まっているのが目に入る。脱輪でもしたのかしらと首を傾げた瞬間、

その馬車の脇に立つ男の、赤色に身体が硬直した。

一瞬、ほんの一瞬。

目が、、合った気がした、、、。
赤い髪の、男


「アーシャ?どうしたの?」


声をかけられ、ハッとする。
馬車の中に視線をもどすと、妃殿下がこちらを心配そうに見ていた。

「すみません。考え事を」

喉がカラカラに乾いていて、思いの他掠れた声がでた。

「大丈夫?顔色が悪いわ?」

心配そうな青い瞳が私を捉えている。
どうやら相当に酷い顔をしているらしい。

「ちょっと酔ったのかもしれません。大丈夫です。よくあることですから」

「本当に?もし辛くなったら言って頂戴。一度止めてもらうから」

「心配には及びません。」

やんわりと言ってから、ゆっくり息を吐く。

大丈夫、落ち着けている。
上手にコントロール出来るはずだ。

流石に短期間で2回も倒れている。これ以上は体の負担も大きい。しかも今発作が起きれば王太子夫妻にも迷惑をかけてしまう。

それだけはなんとしても避けなくては。

王太子宮には、すぐに到着した。

馬車が停まると、妃をエスコートしにきた殿下の後ろにはブラッドが立っていて、その顔を見て何故か少しだけ、気持ちが緩んだ。

妃殿下が降りるとすぐに彼は馬車の中に入り込んで、こちらに手を伸ばす。

騎馬でここまできた彼が、兄の姿を見逃しているはずがない。


「大丈夫だったか?」
安心したせいか、この時ばかりは私は素直に彼の手を取った。暖かくて大きな手が優しく、でも力強く握ってくれた。

「大丈夫、、、ありがとう」
上手に笑えたかは分からないけれど、彼の緊張した頬が少し緩んだ。

ゆっくりと馬車を降りて、地面にしっかり足をつけられた事に安堵すると

「アーシャ、もう今日は下がっていいわ。考えたらあなた昨晩あまり休めていないのでなくて?」

先に降りて待っていた妃殿下が心配そうにこちらを見ていて


「そうだな。ブラッドお部屋までお送りしろ」

昨夜の事を思い出したのか、すまなそうに殿下も口添えをしてくれた。

「はい」

ブラッドが生真面目に返事をして、彼に手を借りながら玄関ホールへと向かった。

「ごめんなさい。あなたには殿下の護衛のお仕事があるのに」

2人きりになって詫びると、彼は小さく首を横に振る。


「構わない。変わりはいくらでもいる」

「そんなこと!」

ないと言いかけて、それは本心からの言葉でないだろうと思い直す。

「それよりも、昼のことだが」

少し言い辛そうに彼が話題を降ってきて、反射的に私の顔がかぁっと熱くなるのが分かった。

つい昼のあの濃厚な口づけを思い出してしまった。
あれは、私の呼吸を止めるためで他意はないのよ!と自分に言い聞かせる。

「会いたくない来客に制限をかけた方がいいと思う。」

生真面目な彼の視線が向けられる。

何だ、、、そのことか、、。

やだ!何を期待しているの!!

自分の思考のいやらしさに、更に顔が熱くなった気がする。


「衛士に申し送るから、誰を通すか通さないか教えてくれないか?」

暗くて良かった、、。
ブラッドは私の心の乱れには全く気づいていないようだ。

「えっと、、叔母夫婦だけにしてもらえると嬉しいわ。」

それだけ伝えると、彼は「承知した」と真剣な顔で頷いた。


部屋の前まで送ってもらい、扉をあけると、リラが迎えに出てくれた。

彼女はなぜか隣に立つブラッドを、すごく警戒するように一瞬睨みつけた。


それに困ったように少し笑って、彼は少し名残り惜し気に私の手に口付けを落とした。

「おやすみレディ」


それは、おおよそ騎士がする動作ではない。

これではまるで、、、。

驚いて唖然としていると、ブラッドは私の手を離しで、リラに気づかわしげな視線を送ると、扉の向こうに消えて行った。



「昼といい大尉は何をお考えなのでしょうか!」


茫然としていると、リラが隣で低く唸る。

彼女が猫なら毛を逆立てているだろう。そんな感じだ。

「昼!?」

あの出来事を、、彼女にも見られていたのか!

思わず聞いてしまうと

「口にすることも出来ません!嫁入り前の御令嬢に、いくら治療とはいえあのようなこと!」

心底忌々しそうに彼女は吐き捨てる。
相当怒っていらっしゃる。

まだ顔が熱くなるのが分かった。

まさかあの場に、自分達以外の者がいたというのだ。


恥ずかしすぎて穴に入りたい。

そんな私を他所に、リラは尚もプリプリ怒っている。

騎士にあるまじき行為です!とか抗議すべきです!とか、最終的には私が口添えいたしますから!とこちらを説得し出したので、私は慌てる。

「いいのよ!そんな大ごとにしないで!!」

「しかしそれでは!」

兄が出てきてややこしい今、事情を知る彼を遠ざけられるのは困るのだ。

「彼、幼なじみだから気安いのよ。」

苦し紛れに言ってみるが

「幼なじみにしてもやる事が逸脱しておりますわ!」

はい、ソウデスネ。

ぐうの音も出ない。
あんな事する幼馴染はいないわよね、、、流石に。


「私からも色々頼みやすいし、殿下のご様子も彼から聞いているのよ。だから今回は見逃して」

仕事がやり辛くなると訴える方向に話をもっていくと、どうやらそれは彼女に響いたらしく、少し溜飲を下げたようだった。

「お嬢様がそこまで仰るならば仕方がございません」

大きなため息を吐いた。

「ですが、お気をつけなさいませ!
あれは絶対に下心をお持ちですわ!
簡単にお心を開いてはなりませぬよ!」


真剣に力強く忠告された。

そんな彼女に、実は元婚約者だと言った方がいいのか迷うが。

元の部分に彼女がどのような反応をするか分からないため、黙っておくことにした。
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