訳アリなの、ごめんなさい
「あぁブラッド!よく顔を見せて頂戴!私の可愛い坊や」

久しぶりの母は、泣き出さんばかりの顔で抱きついてきた。

「素晴らしい騎士姿だったわ。私の息子なのよと叫び出したいくらいだったわ」


「母様、、大袈裟です」

「大袈裟なものですか!死地と名高い戦地から無事に帰ってきたと思ったら、そのまま王宮勤になって、全く帰ってこないのですもの!
また背が伸びた?男らしくなったわね!」

どこで息継ぎをするのか不思議な彼女のトークは健在で。懐かしいと思いながらも、すでに帰りたい気分になってきた。

尚も感激し続ける母を、なんとか落ち着かせて座らせると、そこでようやく息を吐く。

母の後ろには、理解してやれと肩をすくめる長兄がいる。

きっとこの調子で兄にも俺を連れてくるように言っていたのだろう。

「騎士のお仕事はどうなの?大変ではないの?怪我をすることもあるの?きちんとお休みはとってるの?」

矢継ぎ早な質問をなんとか答えながら、変わらない様子に笑う。

「それより母さんは?変わりない?」
隙間をついて聞き返せば

「無さすぎてつまらないくらいよ!もっぱらディックの成長を楽しみに生きているようなもの!」
と不満そうに口を尖らせた。

ディックは3歳になる兄の長男だ。

「ロランも帰ってこないし、あなたも便りすらよこさないし、ほんと息子はつまらないわ!」

「おいおい、長男がいるだろう?」

たまらず兄が抗議するが

「あなただって私が何も聞かないと教えてくれないじゃない!
大事なことはビエンナが教えてくれてようやく知るのよ!」

彼女の不満の矛先が兄に向いた。

「それは良い嫁をもったね」

兄がわざとらしく言うのに対して、母は更に語気を強めた。

「ほんとよ。可愛い孫も産んでくれて本当に良かったこと!」


兄がこちらに向かって、再度肩を竦める。

いつもこの調子だ、、、と


「元気そうで良かったよ。」
自分が家を出た時から、母の様子も兄の姿勢も変わっていなくて、つい笑みが漏れた。

「そうよ!お年寄り扱いしないで頂戴!私だってまだ若いのよ。
あなた達の子供の顔を見るまでは元気でいると決めているのよ!」

「じゃあしばらくは大丈夫そうだなぁ」

呑気に笑うと、そこでようやく母が押し黙った。

そして深く、息を吐いた。

「そんなこと言わずに早く結婚なさいな!アックスに聞いたわ、アリシアと再会したのでしょう?
私はあの子なら大歓迎よ。他でもないアリーナの娘ですもの。
確かに今のウェルシモンズ卿とはお近づきになりたくないけど。ノードルフ卿が後見なのでしょう?」

「はい、、そうなのですが。」

まだ裏にウェルシモンズ伯爵家が、うろうろしていることを言うことは控える事にした。

「婚約破棄は確実にあちらから断ってきたわ。私もよく覚えているもの。でも彼女も断られたと思っていたのなら、もう一度婚約する事はそう難しい事ではないはずよ?」


驚いて兄を見る。

「調べるまでもなく、母様がよく覚えておいでだったよ。何かの間違いではと問い合わせていたくらいだ。」

いつも斜に構えている兄にしては珍しく真剣な顔をしている。

「当時エディを亡くしてあちらは混乱していたでしょう?何かの手違いだと思ったのよ。」

エディとはアリシアの父故エルドナ・コーネリーンの事だ。

「でも返ってきたのは、あの女からの間違いないから早く婚約解消の書面に記入して欲しいと、一方的な要求だったわ!
せめてアリシアに会わせて欲しいと言ったのだけど、彼女は会いたくないし他の男と結婚したいと言っていると言われてしまって」

「それで破棄か」

兄の言葉に母は「そうなのよ」と呟く。


「せめてエディが生きている内に結婚をさせていたらよかったのよ!
そうであれば、あの子も継母と異母兄と生活しなくても済んだのに!結局あの子がウェルシモンズ伯爵家を追い出されるなんて!アリーナが聞いたらどれだけ悔しかったか!!」

徐々にワナワナと震え出した母は、当時を思い出したのだろう。

「まぁまぁ母様落ち着きましょう、」
プリプリ怒り出す母を兄が宥める。

しかし母の怒りは冷めないらしく

「怒りますよ!全く貴方達は、士官学校を卒業してからだの、一人前になってからだの色々都合を並べすぎなのよ!
みなさい!それがどれほど遠回りだったのか!」

ついに吠えた。


こればかりは母の言う通りだとぐうの音も出ない。もう少し自分の決断が早ければ、彼女が今、兄に怯えて発作を起こすようなことはなかったであろう。


「なるべく早くいい報告ができるようにするよ、母様」

宥めるように言うと

「そうして頂戴な!」
すぐにでも!さぁ今すぐプロポーズしてらっしゃいと母は言って、とりあえずこの話は終わった。




「ご苦労様だな。」

兄に声をかけられて苦笑する。

「毎日あれに付き合わされる兄上こそ。ご愁傷様だ」

「長男の宿命だ仕方ない。」
兄はもう諦めたよと笑う。

母はビエンナとディックが、庭に連れ出してここにはいない。

「とりあえず頼まれていた件は簡単に済んだが、お前あの後、あの兄貴に捕まってたよな?」

心配そうに見上げてきた兄に、苦笑する。


「あぁ見ていたのか」

「不可解な動きをしていたからな。
お前の後、彼女の後見でもあるノードルフ侯爵夫妻にも接触していたぞ」

「なんだって?」
驚いて見返せば兄は不快そうに眉を寄せた。

「ノードルフ卿が全く相手にはしなかったらしいがな。すぐに護衛に引き剥がされていたよ。本当に彼女、大丈夫なのか?」

その言葉は不信感というより、心配していると言うような口調だ。

何か知っているのかと、兄を見返す。

「奴ら、随分金に困っているらしいぞ」


「金?」

「平民からすると貴族は湯水のように金があると思ったのだろうな。親子で贅沢三昧しすぎてウェルシモンズ家は随分と寂れているらしい。
使用人も随分やめたと聞くし」


「そうなのか?」

それは初耳である。
兄は、まぁ噂もあるがなと、付け加えた。


「そこに加えて、領民から取る税を引き上げたんだ。もともと娘を追い出して、その座に座る彼が統治者である事に不満をもつ領民からは反発を受けて、断念した。
増収は見込めずなんとか借金を細細と返しているような感じだな」

なんとも嘆かわしい事である。

代々外交の手腕を買われ、国王の信も厚かったウェルシモンズ伯爵家が、わずか一代で没落の一途をたどっているというのだ。


「だからと言って、なぜアリシアに執着するのかは不明だが、、、そうした状況も関わっているのかもしれない。
とにかく、奴らの様子で何かあれば教えるよ。お前はさっさと彼女を口説いておけ」

バシッと背中を叩かれて、兄は話は終わったとばかりに庭に出て行ってしまった。
< 48 / 116 >

この作品をシェア

pagetop