訳アリなの、ごめんなさい
馬車を降りて王太子夫妻の後に着くと、ヴィンがエスコートのために手を差し出してきた。

「すみません、ブラッドじゃなくて」

申し訳なさそうに、それでも彼らしく戯けるように微笑む彼に、私も釣られて口元を緩めた。

「いえ、お仕事の邪魔にならないようにいたしますわね」

ヴィンの手を取り、歩き出す。

すこし歩いてみて、私は不思議に思って首を傾げた。私をエスコートする彼は、なぜかいつもより口数が少なくとても緊張しているように感じたのだ。

「どうなさったの?いつもと様子が違うような」

首を傾けて、見上げてみるが、彼は真っ直ぐに前を見たまま

「いや、ちょっと、いろいろとありまして。気にしないで下さい。」

はははと乾いた声で笑う彼に、私はさらに首を傾ける。不意にそのすぐ後ろのブラッドとチラッと目が合ってしまった。


彼は、わたしの顔を見ると、怯えるように視線を逸らした。

あからさまな、逸らしかた。

昨日あんなことがあった後だ。きっと冷静になって彼も思うところがあったのではないだろうか。

そう思うと、きっぱりと断っていてよかったと胸を撫で下ろす。


エドガーの妻、アメリア夫人と合流し、主賓である一団がホールに入れば、多くの者の視線がこちらに向けられだ。

大多数の視線の的は王太子夫妻で、後ろに控える者などに注目するような物好きはそういないだろう。そう考えると、自然と気分は楽になる。

ヴィンの腕に手を添えて作り物の笑みを貼りつける。到着した夫妻には次々に挨拶をする人がやってくる。

一人一人妃殿下に挨拶をする者をじっくり目に焼き付け名前を記憶する。

昔からこうした事は得意だったのだが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

シャンパンが配られ、夫妻がホールの正面に誘われ、簡単な挨拶を済ませると、一気に盛り上がりを見せダンスタイムが始まる。


真ん中で踊る夫妻に近い位置で、一応護衛の名目で、ヴィンの手を取り踊る。
久しぶりのダンスだったが思いの外上手く踊れた事に安堵した。


そういえば、ブラッドとはダンスレッスンを一緒にした事はあっても、こうした場所で踊る事は無かったなぁと思う。

私のデビューは外国であった上、帰国してからすぐに彼は士官学校に行ってしまっていた。

もし今日一緒に踊っていたのならどうだったのだろうかと考えて、慌てて自分を叱る。
そんな事をしたら、昨日あれだけ苦労して彼を拒んだ意味がないではないか。

諦めが悪いわね。
そう自分に苦笑して、忘れなさいと言い聞かせた。




「失礼、貴方がウェルシモンズ伯爵のご令嬢?」

殿下と妃殿下が主催者であるロドニー・ミルドールド卿と談笑するのを少し離れたところで見守っていると

不意に、2人組の男性グループに声をかけられる。

一人は黒髪をオールバックに固めた長身で、もう一人は対照的な金髪のウェーブのかかった髪をアシンメトリーに分けた甘いマスクの男だった。

「はい。妃殿下のお付きをしております。アリシア・コーネリーンと申します。」

どこの誰かは知らないが、この場にいると言う事は、ある程度地位のある貴族には違いないので、卒なく貴族令嬢の礼を取る。
声をかけてきた二人は、共に王都に隣接した土地を領地にもつ伯爵家の子息だと名乗った。


「こんな美しいご令嬢がいらっしゃったとは知りませんでした」

「ご成婚の晩餐会には出席なさっておられましたか?」

「いえ、あの時は裏の方に」


「どうりで、こんな美しい方を見逃すはずがないから不思議に思っていたのですよ」

「ありがとうございます」

なんなのだこれは、と内心たじろぐ。

これが俗に言うナンパと言うやつなのだろうか

社交界の経験があるとはいえ、外国が多く、国内でもそれほど大きな物には出たことがないため、こんな風に男性に声をかけられるのは初めてだ。


「妃殿下のお相手ということは王太子宮にお住まいでいらっしゃるのですか?」
金髪の紳士の言葉に私は愛想よく微笑む。

「えぇ、自邸もあるのですが、その方が便利だろうとご用意いただいておりますの」

「こんな素敵な方がいらっしゃるなら王太子宮をお訪ねする楽しみがひとつ増えましたね」

黒髪の紳士が流し目で私を見つめて、極め付けにウインクを送ってくる。


「まぁご冗談を」
あまりにも明け透けな、彼らのアプローチにすっかり萎縮した私は、慌てて一歩下がる。


「本当に、笑えん冗談だな」

不意に頭上から、低い声が降ってきた。それと同時に腰を抱かれて、その感触に私はどきりとする。

声で誰かはわかっていた。なんなら手の感触でも。

恐る恐る見上げてみれば、いつからそこにいたのか、ものすごく不機嫌な顔のブラッドが立っていて

「なんだ!ブラッドじゃないか。いいのか?殿下のそばを離れて」

突然のブラッドの登場に、驚くそぶりもなく、黒髪の方が揶揄うように言う。
どうやら顔見知りのようだ。

「彼女も警護対象だ。彼女こういう場は慣れてないんだ、怖がらせるな」

憮然と言い放つも、言葉には親しみも感じられて、知り合いなのは間違いなさそうだ。

「ふーん。なるほど、、、そうかカロガンダのウェルシモンズとエルガンダのストラッドなるほどねぇ」

金髪の方が何かを察したように微笑む。

なんだろうか?と首を傾げると、腰を抱くブラッドの手に力が入った。もう片方の手で私の手を取ると、くるりといとも簡単に方向をかえさせられた。

「そういう事だ、2人とも仕事に戻るから失礼するよ」

「行こう」と小さく呟かれ、腰を押されたので、そのまま彼に誘われるように歩き出す。

「えっと、あの」戸惑って後方の2人を振り返ると、ニコニコと彼等はこちらに手を振っていた。


「全く、油断の隙もないな」

頭上からため息が聞こえて、見上げると。
先程の不機嫌な顔のまま、彼が見下ろしていた。

「アイツらには気を付けろ、悪い奴らじゃあないんだが、女性に関してはあまり良い噂を聞かない」


「ありがとう。助けてくださって」

素直に礼を言う。
すると、彼の不機嫌な顔が少しだけ和らいだ。

「気を付けろ。君は新顔で珍しい。しかもこんなに魅力的だ。男どもは放って置かない」

「そんなことないわよ」

慌てて首を振る。この会場には、妃殿下をはじめそれこそもっと美しい令嬢も沢山いる。
しかも皆華やかなドレスに身を包んでいて、自分など地味なくらいなのだ。

しかし、なぜか腰を支えている彼の手にもう一度力が入った気がした。


「いや、ある。仕事とはいえ、エスコートを取られたくらいで同僚に嫉妬できるくらいには。今日の君は魅力的だよ」

少し屈んだブラッドが、耳元で囁いて、そしてすぐに離れた。

どういうことだ、と慌てて見上げた時にはすでに王太子夫妻のもとにたどり着いていた。


「アリシア嬢、申し訳ない。」

何か口を開こうとした時には、ブラッドは慌てて寄ってきたエスコート役のヴィンを睨みつけていて

「あのバカどもだったからいいものの、きちんと助け舟を出してやれよ」

「いや、あれくらいなら慣れてるかなぁと」

「慣れてるわけないだろ!いや慣れててたまるか!」

「お前の願望かよ」

訳の分からないやりとりを始めたので、その流れで私は無事エスコート役のヴィンの腕に戻った。


「もうこうなったら、お前がやったほうがいいんじゃねぇの?」

「エドガーの采配だ、仕方ないだろ!それにこんな近くにアーシャがいたら落ち着いて警護に集中出来ない」

「はいはいご馳走様です」

ぽんぽんと交わされる一連のやり取りに、私は顔が赤くなるのを感じる。

ワザとなの!?

昨日のあの話はなんだったのだ。

キッとブラッドを睨むと、視線を逸らされた。

昨日のやり取りで彼は私を諦めたのではなかったのか?先程は気まずそうにしていたくせに、開き直ったの?

むしろ大胆になったのではないだろうか?
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