訳アリなの、ごめんなさい
裏門からエントランスに回ると、エントランスでイライラしながら立つ男と、それを遠巻きに警戒する近衛達の姿が見えた。


こんな遅くに巻き込まれた近衛達に、ヴィンは同情の視線を送る。


問題の男トラン・コーネリーンは、複数の足音を聞いて期待したように顔をあげたが、それが目的の妹の姿では無い事、ついでに言えば、予想外の人物が自分に近づいてくることに顔色を変えた。


さすがに元々平民といえど、この国の王太子の顔くらいは知っているらしい。


バタバタと慌て出し、慌てて礼を取った。



殿下は一直線に彼に向かっていくと、3歩ほど距離を開けて足を止める。

「顔をあげよ」

その声は、珍しく高圧的だ

びくりと肩を震わせたトランが慌てて顔をあげる。



その表情は青ざめており、瞳があちらこちらを彷徨っている。


「ソナタの名は?」

「と、トラン・コーネリーンでございます殿下!」

「ほうトラン、ウェルシモンズ伯爵か、アーシャの兄の、間違いないか?」

大して驚いてもいない冷たい声で、殿下は彼に問う。こんな声は普段近くに仕えているヴィンもなかなか聞くことはない。

「はっ、間違いございません」
少し声を裏返らせながら、トランはもう一度頭を下げた。

「その兄君が連日我が宮に何用か?」

まさか、王太子殿下直々に用件を聞かれるなど、思っても見なかった彼は、視線を彷徨わせながらゴクリと唾を飲んだ。

「はい、あの、妹に会いたく面会を求めている次第でございます」

言うんだぁ、とヴィンは心の中で呆れた。
まさかこの男、殿下を使って彼女を引っ張り出せるかもしれない!とか、思っていないよな?

そうであるならば、とんだ馬鹿者だ。

そんなヴィンの懸念を他所に、殿下の追求は続いた。

「こんな夜分にか?」

「その、妹は忙しいと伺ったので夜ならばと」

そうか、、、と殿下は何かを考えるような素振りを見せた。

「たしかにソナタの妹君は忙しくよく働いてくれているよ。本当に感謝するばかりだ。しかし、ソナタは何か勘違いをしておらぬか?」

「か、勘違いでございますか?」

慌てたように、トランが少し腰を浮かせて、思い出したようにまた腰を落とした。


「ここは、ソナタの妹君の宮ではくて、私の宮なのだがな?」


「っ!」

キンと凍てつくような、それでいて突き放すような言葉に、トランが息を飲んだのが分かった。

額には冷や汗が浮かび、そして、何か言おうと口を開くが、何も出てこないようだ。

まさかとは思ったが、彼は殿下に指摘されて一番大切な事に今ようやく思い至ったらしい。

「連日帰宅するたびにソナタの馬車が邪魔で私と嫁いだばかりの妃は、このエントランスでなくて裏口を使わされている羽目になっているのだが、ソナタは分かっておってこうして長時間居座りつづけておるのか?」


その言葉にトランが礼儀を思い出したらしく、慌てて頭を深く下げた。


「め、め、、滅相もございません!そのような事は一切ございません。ただただ妹に会いたい一心で」

「ほう、随分と妹思いの兄なのだな。ではその思いに免じて、用件を聞こう。私自ら責任を持ってアーシャに伝えておこう」

「そんな恐れ多い事!」

さすがにそんな厚かましい事はできないという分別はあるようで、ヴィンは少しだけほっとした。

しかし殿下の追求は続いた。
殿下、ちょっと楽しんでないか?


「遠慮するな。これほど連日しつこく来訪しているのだ。よほどの事があるのだろう。なんなら別室で聞こうか?」

そう言って殿下はエントランスから先の回廊を指す。

「いえ、殿下のお手を煩わせるよう内容ではございませんので」

「もうすでに随分と、煩わされているのだがな。
私を含め、我が宮の近衛達も。」

呆れたように息を吐いた殿下が今度はエントランスに控えている近衛達を労うように見渡す。


「そちらについては、私の考えが至りませんで」


「あぁ、そうであろう、考えが至る者であれば、わざわざわ妹の勤め先にしつこく押し掛けたりするものではない、そうは思わんか?」


「はぃい!申し訳ございません」

これまでにないほど深く、頭を下げたトランは泣きそうな声になっている。

それを冷ややかに見下ろした殿下は数秒の後に、はぁっと大きなため息を吐いた。

「目障りだ。今後一切の我が宮への立ち入りを禁ず。妹君に会いたければ、然るべき彼女の後見人を通して面会を申しこむがよかろう。おかえりいただけ」

最後の言葉はもう彼をみては居なかった。

殿下の言葉に、見守っていた近衛達が、彼の脇に手を入れ、ずるずるとエントランスから引き摺り出して行った。


それを見送り早足で殿下の跡を追った。
エントランスホールの階段を上り切ったところで、そこに思わぬ野次馬がいた事を知った。


吹き抜けの飾りから盗み見ていたのだろうか、楽しそうに瞳を爛々と輝かせる妃殿下に、少し奥まった壁際のところで、ブラッドに見守られながら、少しだけ安堵した表情で立つアリシア嬢の姿があった。


「なんだ、聞いていたのか?」

彼らの存在を確認するや否や、殿下は先ほどまでと同一人物かと疑いたくなるほど、とぼけたような声を上げた。

「あら、だってヴィンが、殿下の迫真の演技が見られると教えてくれたから」

楽しそうに妃殿下が笑う。たしかに耳打ちしたのは自分だが、彼女がこんなにも瞳を輝かせると思ってもみなかった。

オレ、ナイスアシストじゃない?
心の中で自分を褒めた。


妃殿下の様子に、少し気をよくした殿下は、彼女に近づいて、その細い腰に手を当てた。

「どうだったかな?」

「最高にスッといたしましてよ!」

グッと拳を握った妃殿下は満面の笑みを浮かべている。
これが、もしかしたら彼女が今までに殿下に向けた一番の笑顔ではないか?いや流石にそれはないか、、、そう思ったのだが



「それは良かった。」

殿下が顔を赤らめた!!そして、なんだその幸せそうな笑みは、、、。

しばらく妃殿下の笑顔に締まりのない顔で見惚れた殿下を、ヴィンは気の毒な目で見るしか出来なかった。


「アリシア嬢は大丈夫かい?」

しばらくしてようやく正気になった殿下は思い出したかのようにアリシアを見た。

「申し訳ありません殿下」

ブラッドに守られるようにしながら彼女は、心苦しいと言わんばかりの顔で、詫びた。

それに対して殿下はとんでもないと首を横に振る。

「君のせいではない、気にしないで。それより君がこれを苦にしてここを去ると言われる方が私は困る」

そう、彼はこのためにだけに動いているのだ、決して彼女のためでは無く、自分のためだ!

それを思い出したヴィンは、同時に彼女の横に立つ親友と顔を見合わせる。
おそらく彼も今それを思い出しただろう。

ちょっと、殿下やる~!と思った自分が馬鹿だった。

「そんな事、思ってもおりません」
慌てたようにアリシアが首を振る。


「そうか、ならば良かった。とりあえずこれで、彼がしつこくやってくることはないだろう。次きたら、不敬に処す勢いで脅したからね」

そう言って、同意を求めるように殿下はこちらを見たので。

「相当びびっていたから大丈夫でしょう」
仕方なくヴィンも同調して頷いた。


「ありがとうございます。」

彼女の顔が心の底から安堵したようにみえて、その場にいた一同がホッと胸を撫で下ろした。

ただ彼女の脇にいる、親友だけが、なぜかとても複雑な顔をしていたのが気になった。
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